経営に欠かせない要素として「ウェルネス」や「Well-being」が注目されています。不確実性が高まっている世の中で企業が生き抜くためには、心身ともに健康でイキイキと働く社員を増やすことが大切です。社員の病気やケガを予防するだけにとどまらず、創造性を引き出し、生産性を高めるWell-being経営とは何か。 産業医と取締役執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島玲子氏が解説します。 出典:「日経ESG」連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルビーイング経営のススメ」より
ニューロダイバーシティ(神経多様性)という言葉が最近注目されています。「脳や神経に由来する個人のさまざまな特性の違いを多様性ととらえ、相互に尊重し、社会で活かす」という考え方です。もっとも、この言葉が流行する以前から、熱意ある担当者のもとでこうした考え方を取り入れて活動していた企業はあるかもしれません。
これは注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障害のとらえ方を指すことが多いですが、あらゆる人の脳や神経に由来する特性の多様性を対象とする考え方です。
そもそも脳機能は人それぞれで「完全に平均的な脳」は存在しません。障がいがある・ないの二極ではなく、脳機能の特性は地続きのグラデーションのようなものです。本人の希望で、障がい者認定を受ける場合もあります。
丸井グループは、日本企業で初めて障がい者のインクルーシブ(包摂的)な社会進出を推進する国際活動「The Valuable 500」に加盟しています。近年は障がいの有無にかかわらず、社員の誰もが席を並べて共に働く「ワーキングインクルージョン」を推進しています。現在、障がい者認定を受けている社員約150人の半数以上が、特例子会社ではなく一般の職場で働いています。障がい者雇用率は2.9%で、大まかな内訳は知的障がい・発達障がい・精神障がいが7割、身体障がいが3割です。
障がいのある社員が特性を活かして働けるように、採用時や職場配属の際に「インキュベーション(ふ化器)段階」を設けているのが特徴です。一般に障害特性を活かして業務を付与する場合、配置後の職場における直接的な工夫(ADHDではマルチタスクを避け、業務手順を明確化するなど)がほとんどです。
これに対して、当社はワーキングインクルージョン課に専任スタッフがおり、採用前の長期間の見極めに加え、採用後も1カ月間さまざまな業務を試して、特性に応じた配属先を検討します。配属先と本人の特性との乖離が少ない状態で本配属されるため、高い定着率となっています。入社1年後の定着率は、知的障がいが100%(全国平均68%)、精神障がいが92%(同49%)、身体障がいが100%(同61%)です(※1)。
ワーキングインクルージョン課のスタッフは、障がいのある社員一人ひとりと頻繁に対話して目標や業務の進捗を一緒に確認し、働きがいと成果につながるように業務内容を調整します。
例えば、ADHDで曖昧な事柄が苦手なAさんは、パソコン操作が好きで、物事をパズルのように考えて解決策を見いだすのが得意です。それに気づいたスタッフがデジタルトランスフォーメーション(DX)研修を勧めると、高い集中力を発揮して飛躍的に能力が向上しました。その後もスタッフが伴走し、その都度能力に合った挑戦課題を提案していったところ、東京大学「メタバース工学部」に参加するまでになりました。その結果、DXの技術を活かして人事の業務を年間400時間削減する改革を実現したのです。
また、広汎性発達障害と不安障害のあるBさんは、実は人が好きで、人の成長に喜びを感じる性格だとわかり、学生の採用と成長支援プラン作成の中心的役割を担っています。このように障害特性のみならず、個人の性格も含めた個性や違いを力に換える姿勢が、社員のやりがいと挑戦意欲につながっています。
※1 全国平均は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構によるデータ(2017年4月)
障がいのある社員は「強みを活かしてチャレンジしている」と答えた割合が62%と、一般社員よりも10%高い値となっています(下の図)。一般社員がもっと個性を活かすうえでも、この職場のマネジメントがヒントになると考えています。
■ 丸井グループで「強みを活かしてチャレンジしている」人の割合
図は、「強みを活かしてチャレンジしている」の設問に「とてもそう思う」「そう思う」と回答した人の割合を示している(2023年)。障がいのある社員は、強みを活かして挑戦している割合が高く、最高点を付けた人の割合は一般社員の3倍にのぼる
(出所:丸井グループ)
個性や違いをどうとらえるかは障がい者雇用に限らず、人に対する本質的な価値観が表れると思います。本連載(第9回)で「適応的知性の4段階」を紹介しました。適応的知性とは困難や変化に適応して前進できる力、つまり複雑さへの対応力を指し、その発達段階が研究されています。
適応的知性の第2段階(環境順応型知性)は、規範にひたすら従う受け身の姿勢です。そうした価値観に基づく企業文化では、今回の話で言うと「法定雇用率を順守するため(だけ)に障がい者を雇用し、問題が発生しないよう管理する」といったマネジメントになりがちです。
第3段階(自己主導型知性)は、まず自分たちにとっての「普通」があり、違う個性を「許容する」という価値観です。規範への盲従ではないものの、「本当は違いに抵抗感があるが、それを許して受け入れる」という姿勢です。困難や変化が大きい状況では余裕がなく受け入れが難しくなり、往々にして元の同質的集団に戻ってしまいます。
第4段階(自己変容型知性)は、多様さを力に換える価値観です。違う個性を「許容するもの」ではなく、「喜ばしいもの」ととらえます。特徴や考え方の違いは物事の可能性を広げるので、むしろ違う方が喜ばしいのです。違いを防衛的にとらえるか、成長の源泉ととらえるかでは、方向性がまるで逆です。
『7つの習慣』(※2)を著したスティーブン・コヴィー氏は次のように言います。「多様性を活かし創造的になるには、防衛的では無理である。(中略)創造性は、カオスのかなたにある」「相乗効果は最も崇高な活動だ。相乗効果の本質は、相違点に価値を置き、それを尊重し、強みを伸ばし、弱さを補完することである」。
「良かった!あなたは違う意見や特徴を持っている」という価値観で進めるかどうか。違いを「受け入れる」のではなく「力に換える」という価値観で進めるかどうかが、多様性を「発展の鍵」にできるかの分かれ道だと思います。
最後に、コヴィー氏の言葉を紹介します。「二人の人が同じ意見を持っているとすれば、そのうちの一人は余分である」。
※2 『7つの習慣』(スティーブン・コヴィー著/キングベアー出版)
#ニューロダイバーシティ って?
— 丸井グループ │ この指とーまれ! (@maruigroup) February 4, 2025
「脳や神経に由来するさまざまな特性の違いを多様性ととらえ、相互に尊重し、社会で活かす」こと!
違いを「受け入れる」のではなく「力に換える」という価値観で進めることがイノベーションの鍵
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