Well-being
2024.7.9

「フロー状態」に入れる組織へ

経営に欠かせない要素として「ウェルネス」や「Well-being」が注目されています。不確実性が高まっている世の中で企業が生き抜くためには、心身ともに健康でイキイキと働く社員を増やすことが大切です。社員の病気やケガを予防するだけにとどまらず、創造性を引き出し、生産性を高めるWell-being経営とは何か。 産業医と取締役執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島玲子氏が解説します。 出典:「日経ESG」連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルビーイング経営のススメ」より

目次

    一口にWell-being(しあわせ)と言っても、イメージされる活動はさまざまある。
    自社が注力する事柄は何か、価値創造ストーリーの一環として示す必要がある。

    「成功するからしあわせなのではなく、しあわせだから成功する」は、Well-being研究ではよく知られた知見です。しあわせな社員はそうでない社員よりも創造性が3倍高く、生産性が1.3倍高いという研究結果もあります。働く人がしあわせだと成果につながるのです。しかし一口にWell-being活動と言っても、その方向性はさまざまです。

    例えば「社員のWell-being向上」と聞いて、どんな様子の社員を想像しますか。快適な状態でリラックスしている様子でしょうか、それとも何かに打ち込んで成長の喜びを感じている様子でしょうか。

    前回、より良い状態を目指す「成長モード」と、疾病予防など問題の低減を図る「防衛モード」とでは、アプローチが別であると述べました。場合によってさまざまな取り組みがあるとしても、めざす企業文化に向けて自社が注力する事柄は何か、企業はその解像度を高め、成果につながるストーリーを描いて施策を打つ必要があると思います。持てるリソースは無限ではないからです。

    丸井グループは、価値創造のために志向する企業文化と注力するしあわせの方向性について開示しています。IR(投資家向け広報)デーなどを通じて、2022年3月に自社が取り組んでいる人的資本経営のパート1を、2023年6月にそのパート2をステークホルダーに社長が説明しました。

    「フロー状態」に注力

    本連載の第8回で、しあわせや喜びの要素を脳の機能部位に基づき6つに整理しました(下の図)。例えば、上述の「快適でリラックス」は①と②の快適、「物事に打ち込み成長」は④能力発揮と⑥成長・進化・自律の要素に当たります。

    ■ しあわせ・Well-beingの6つの要素

    脳の機能部位に基づき、生命にとって根源的な機能が関係する要素(①)から、より高次の機能に関係する要素(⑤)に向かって、解剖学的な位置関係に合わせて下から番号が振られている。脳の解剖学図を表示すると煩雑になるため割愛している。⑥の「成長・進化・自律」は、①から⑤の全てに関係するため、縦に記載している。③と④は並列的である。

    丸井グループは「人の成長=企業の成長」という経営理念に基づき、③~⑥の要素を重視しています。2005年以来取り組んできた企業文化の変革「企業文化1.0」では、特に⑥成長・進化・自律に注力してきました。「手挙げの文化」を醸成し、現在までに自ら手を挙げた社員の割合は全体の85%にのぼります。全社調査で、「自分が尊重されていると感じる」人の割合は22年までの10年間で29%から66%に高まりました。

    しかし「強みを活かして挑戦している」人の割合は52%といまだ約半数です。社会課題の解決に向けて新たな価値をつくるには、働く人の創造性や挑戦マインドの高い企業文化に変えていく必要があります。

    そこで、次にめざすこの文化を「企業文化2.0」と呼び、特に④行為・創造性(能力の発揮、行為に没頭する喜び)の向上に注力し、働く人がフロー状態に入れる組織にしていく方向性を2023年6月に示しました。

    データ分析からKPI設定

    フロー状態とは、世界的に著名な心理学者のM.チクセントミハイ氏が提唱した概念です。主体的にその行為に没入している時の感覚で、深い喜びを伴います。スポーツの世界では「ゾーン」、武道では「無の境地」とも表現されます。その人の最高の力が引き出されて成果も出るため、別名「最適経験」と呼ばれます。

    「企業文化2.0」への進化に向けて、丸井グループの社員が現在どのくらいフローを生じやすい状態にあるか、23年の社員調査のデータで分析を試みました。能力レベルと挑戦レベルが共に高い状態の時にフローに入りやすくなることを表す「4チャンネルフローモデル」をヒントにしました(下の図)。

    ■ 4チャンネルフローモデル

    挑戦レベルを縦軸に、能力レベルを横軸にした4象限でフローに入りやすい状態を表した4チャンネルモデル(出所:『フロー理論の展開』〈今村 浩明、浅川 希洋志編、世界思想社〉をもとに作成)

    挑戦レベルを縦軸に、能力レベルを横軸にして、調査結果をマッピングしました。挑戦レベルについては「自分の強みを活かして挑戦している」という項目に5点満点中4点以上、能力レベルについては「自分の技能や知識を仕事で使うことが多い」という項目に4点中3点以上と回答した人を「フローに入りやすい状態にある人」ととらえ、その割合を調べました(下の図)。

    ■ フロー状態に入りやすい人の割合

    2023年の社員調査(対象人数は4447人)のデータをもとにマッピングしたところ、フローに入りやすい状態の人の割合は42%だった(出所:丸井グループ)

    結果は42%でした。この「フローに入りやすい状態にある人」をKPI(重要業績評価指標)とし、企業全体で働く人の能力をより高め、挑戦しやすい組織をつくることで、30年までに60%にします。次回はこれをもとに、ワークエンゲージメントとの関連をさらに深掘りした分析と、それを高める取り組みを紹介します。

    この記事に関する投稿
    この記事をシェア