経営に欠かせない要素として「ウェルネス」や「ウェルビーイング」が注目されています。不確実性が高まっている世の中で企業が生き抜くためには、心身ともに健康でイキイキと働く社員を増やすことが大切です。社員の病気やケガを予防するだけにとどまらず、創造性を引き出し、生産性を高めるウェルネス経営とは何か。
「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルネス経営のススメ」というテーマで、産業医と執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島 玲子が解説します。
出典:「日経ESG」2021年2月号 連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルネス経営のススメ」より
世界保健機構(WHO)では、「健康とは、単に病気でないとか弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態をいう(日本WHO協会訳)」と定義しています。原文では、この状態を「Wellbeing(ウェルビーイング)」と表記しています。
米国の統合医療学会ではもっと踏み込んで、「単に身体的に健康な状態だけでなく、情動的な安定、明晰な思考、愛する能力、創造性、変化への順応、洞察的な直感、精神性の維持、これらすべてを網羅するものである」としています。健康とは本来、生き生きしている、活力の高い状態を指すのです。
とはいえ、健康経営の取り組みというと、ほとんど反射的に、病気でないこと、健診結果に異常がないことをめざしているのではないでしょうか。
2020年10月、全国的に実施されている、いわゆる「メタボ検診」は効果が薄いとする研究結果が公表されました。日本人7万5,000人の大規模分析において、肥満や脳卒中・心筋梗塞などのリスク要因の改善は認められなかったのです。
研究を手がけた福間 真悟・京都大学特定准教授は、「メタボ健診は毎年約2,800万人が受けており、年間数百億円以上がかけられているが、費用に見合った効果が得られていない。制度の改善が必要だ」と話しています。これが企業の経営なら、施策は失敗と言わざるを得ません。
それでは、病気にならないことを目的とした取り組みではなく、人が生き生きする、本来の健康の定義に近づく取り組みとは具体的にどのようなものでしょうか。一例を紹介しましょう。
丸井グループは2016年に、全社横断プロジェクトとして「ウェルネス経営推進プロジェクト」を立ち上げました。「手挙げ方式」で毎年2~5倍の選抜を勝ち残った積極的な社員が40~50人、全国から毎月集まる1期1年間の活動です。
このプロジェクトでは、基本的な健康の知識や健康生成論*、ポジティブ心理学などを学びます。そのうえで、本人の主体性に基づき、数人ずつのチームに分かれます。そして人々の活力を高める取り組みを、社員自ら試行錯誤しながら企画・実践してきました。
すべて社員の発案により、リモートワーク中の心身をほぐすストレッチ動画の制作・配信や、新入社員と働く意味感をオンラインで語り合う取り組みなどを実施しました。2020年はコロナ禍ということもあり、社内にとどまらず広く社会を対象に活動しました。
*世界的に著名な医療社会学者アーロン・アントノフスキー教授が提唱した理論。病気を引き起こす要因ではなく、人間の健康とウェルビーイングを支える要因に焦点を当てたアプローチを記述している。
例えば、2020年9月に当社の本社がある東京・中野の中学・高校と一緒に、人々を元気にする取り組みを実施しました。普段は言えない感謝のメッセージを書くイベントでは、社内外から年齢も立場もさまざまな人たちから約1,400件のメッセージが集まりました。
中には、「単身赴任中のお父さん、いつも励ましてくれてありがとう。コロナで会えなくなって気づきました」という子どものメッセージもありました。誰かの感謝の思いを目にすると、見た人も元気になるものです。これらのメッセージは「中野マルイ」にも展示され、多くの方々に見ていただきました。
ほかにも、社員が自ら講師役を務めたセミナーをライブ配信しました。健康生成論などで学んだ知識をもとに、中高生にSDGs(持続可能な開発目標)や意味感を持つことの重要性などについて教えたところ、参加した中高生約200人から大きな反響がありました。いただいた感想をいくつかご紹介しましょう。
「部活ではよくネガティブなことを考えてしまいます。しかし、何のためにやっているのかという意味感を持って、自分がポジティブだとまわりの人までポジティブになると、このセミナーで知りました」(中学生)
「輝くように生き生きとした状態でいるためには、身体、情動、頭脳、精神が互いに密接に関係していることがわかりました」(高校生)
「『心が変われば行動も変わる。行動が変われば習慣も変わる。習慣が変われば人格も変わる。人格が変われば運命も変わる』。この言葉を大切に、これからも自分の体といろいろ相談しながら部活と勉強を両立できるように頑張りたいと思いました」(高校生)
「合唱コンクールのパートリーダーになったので、学んだ『ロサダライン』を活かし、いろんな人のできているところを見つけて、伝えるようにしたいと思います」(中学生)
「働く場所をしあわせあふれる場所にすることを『ウェルネス経営』といい、そのためにアクションを起こすプロジェクトを『ウェルネス経営推進プロジェクト』と言うそうです。私は今はまだ学生ですが、将来的には働いているすべての人がやりがいや働きがいを感じて働けたらすてきだろうなと思いました。そうできる人になりたいです」(高校生)
最後に、米ナショナル・ウェルネス・インスティテュートのウェルネスの定義をご紹介します。「ウェルネスとは、より成功した生存の在り方を知り追及する、積極的な取り組みである」。健康経営がめざす世界とは、このようなものではないでしょうか。
◆これまでの連載記事はこちらからご覧いただけます。
・第1回「VUCA時代を生き抜くには 健康からウェルネスへ」
・第2回「思考を「成長モード」に転換 コロナ禍と社員の士気」
「健康経営が生み出す価値 そもそも健康とは」?丸井グループの産業医で執行役員でもある小島玲子の日経ESG連載企画第3弾。「本来の健康」の定義とは?病気の予防のためではない、社員がイキイキと活力高い状態に近づくための取り組みをご紹介します#Wellbeing #ウェルネスhttps://t.co/l03Q0UUpXp
— この指とーまれ! (@maruigroup) 2021年3月22日