経営に欠かせない要素として「ウェルネス」や「ウェルビーイング」が注目されています。不確実性が高まっている世の中で企業が生き抜くためには、心身ともに健康でイキイキと働く社員を増やすことが大切です。社員の病気やケガを予防するだけにとどまらず、創造性を引き出し、生産性を高めるウェルネス経営とは何か。
「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルネス経営のススメ」というテーマで、産業医と執行役員の2つの顔を持つ丸井グループの小島 玲子が解説します。
出典:「日経ESG」2021年3月号 連載「『しあわせ』が企業価値を高める ウェルネス経営のススメ」より
「人格は繰り返す行動の総計である。それゆえ優秀さは単発的な行動にあらず、習慣である」。古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉です。
個人の「習慣」に当たるものを、組織では「慣行」と呼びます。例えば、社員の対話の仕方、会議の進行方法、学びの仕組みなど、組織で習慣化された構造を指します。
丸井グループは、2016年から役員と管理職を対象に「レジリエンスプログラム」を実施し、これまでに部長職以上の約6割が参加しました。1年間のプログラムを通して、まず個人の習慣をつくり、そして組織の慣行をつくります。こうすることで、困難に強くしあわせな人と組織を育むのが目的です。
プログラムの核は「4つの健康」です。身体の健康、情動の健康、思考の健康、精神性の健康を指します。「身体の健康」では、活力を引き出すための運動、睡眠、栄養について学びます。「情動の健康」では、人間の意欲や集団の信頼、一体感がどのようにつくられるかが話題になります。「思考の健康」では、人が最高の力を発揮する状態とは心理学的にどのようなものかについての知識をもとに、自己の行動を振り返ります。
「精神性の健康」では、意味感や目的意識など、健康生成論の重要な要素を理解します。困難な状況でPTSD(Post Traumatic StressDisorder: 心的外傷後ストレス障害)に陥らず、逆にPTG(PostTraumatic Growth:心的外傷後成長)として成長するにはどうするか、事例をもとに対話します。
これらの意味感や信頼などの要素は「内発的報酬」と呼ばれ、お金(給料)や地位(職位)など外部からもたらされる「外発的報酬」より本質的なしあわせや喜びを高め、自律性を向上させることがわかっています。
当社では、身体、情動、思考、精神性の要素を含む組織の健康状態を12の質問を通して測っています(組織健康度調査)。プログラムの参加者は、これを1つの指標として組織の状態を評価し、試行錯誤しながら、内発的報酬の高い組織に導く慣行をつくっていきます。
成人発達理論を提唱している米ハーバード大学のロバート・キーガン教授は、経営戦略としての組織文化の研究をまとめた著書*1において、力強く成長し続ける組織の鍵は「組織の慣行」にあると述べています。組織の慣行とは具体的にどのようなものでしょうか。
丸井グループには、社員数約900人のムービングという会社があります。社長や役員、管理職の多くがレジリエンスプログラムに参加しています。各人がチーム力を高める組織の慣行づくりに励んできました。
例えば、施設物流本部では組織健康度調査を定期的に実施し、結果の「読み解き会」を開いています。マネジャー同士が良い組織をつくる方法を対話する場です。マネジャーは自分のチーム全員にも結果を共有し、ここでも対話を通じて、職場を良くするための施策を皆で決めて取り組みます。4つの健康を切り口に、組織健康度調査で状況を把握し、より内発的報酬の高い職場に進化させる慣行です。
こうした取り組みの結果として、ムービングではストレス度が良好で(全国労働者平均の偏差値を50とすると53.3)、仕事への熱意を表すワークエンゲージメント指数も高い傾向が見られます。
ところで、米国国立訓練研究所が提唱した、学習方法と知識の定着度合を分類した「ラーニング・ピラミッド」という図があります(下の図)。7つの学習方法を、知識の定着率の順に並べたものです。これによれば、最も学習定着率が高いのは、自分が学んだことを他者に教えることです。
ムービングでは、4つの健康の知識を社員がお互いに教え合う慣行も広げています。まずレジリエンスプログラムに参加した管理職が部下にその知識を教え、続いて教わった社員がほかの社員に教えていくのです。知識の定着のみならず、人の思いや情熱も伝わることでしょう。
驚いたことに、プログラムに自身が参加したのではなく、互いに教え合う組織の慣行によって学んだNさん(女性)が、中心となってこれらの取り組みを推進していました。
「全体を取りまとめる仕事は大変ですね」と私が声をかけた時、彼女は笑顔でこう答えました。
「人が元気になっていくのがわかるので、むしろ仕事が楽しいです。1日の大半を過ごす仕事だから、職場の皆にはイキイキしてもらいたい。組織健康度調査の結果を囲み、チームがより良くなる方法を話し合って実行するプロセスはやりがいがあります」
レジリエンスプログラムの参加者は、自分の職場でよくこのような活動を展開しています。しかしムービングでは、プログラム参加者だけでなく、互いに学び合う慣行を通じて社員の多くが4つの健康を実践し、変化や困難に強い組織をつくろうとしているのです。
ムービング施設物流本部では従来、丸井の営業店館内の搬送業務を担っていました。それが最近では、他社の電子商取引(EC)関連業務など、新しい領域への挑戦と進化を要求されています。その中で社員は恐れることなく日々前向きに挑み続けています。
組織の慣行は、働く喜びを高め、タフでしあわせな組織文化をつくるのです。
丸井グループの産業医で執行役員でもある小島玲子の日経ESG連載企画第4弾!今回は、管理職が1年を通して「4つの健康」を学ぶ「レジリエンスプログラム」についてご紹介困難に強くしあわせな人を育む「組織の慣行」とは?#レジリエンスhttps://t.co/WSlj9zDMOe
— この指とーまれ! (@maruigroup) May 7, 2021