ESG経営の推進に向けて、当社代表の青井が各分野の達人にESGの神髄を聞く連載企画が『日経ESG』に掲載されています。
第3回目の達人は、途上国の人々にマイクロファイナンスを提供する五常・アンド・カンパニー(株)代表取締役社長 慎 泰俊(シン・テジュン)氏。マイクロファイナンスで急成長している同社に、社会課題の解決とビジネスをどう両立させているのか、お話をうかがいます。
青井:慎さんが取り組んでいらっしゃるマイクロファイナンスは、社会課題の解決とビジネスを両立させるものだと思います。私は10年くらい前にムハマド・ユヌスさん*にお会いした際、社会課題の解決そのものをビジネスにするソーシャルビジネスという概念を知り、すごく衝撃を受けました。ただ、当時のマイクロファイナンスは出資を募るけれど配当は出さなくていいという条件の下で成り立っていました。実はそれにもすごく驚愕しましたし、その条件で出資する人がいるのにもまた驚きました。この十数年でマイクロファイナンスはさらに進化して、配当も払えるようになっています。上場する会社も現れてキャピタルゲインが得られるようになり、それによって事業のスケールや社会へのインパクトが拡大してきました。マイクロファイナンスは今、新しい次元に来ていて、その先端を五常・アンド・カンパニーの皆さんが切り開いていらっしゃいます。どう進化してきたのか、ポイントをお話しいただけますか。
慎:金融サービスの中で一番大きいのは人件費率です。もともと、個人でお金を貸す人の場合、1人で見られるのは20人くらいでした。ユヌスさんはどうしたかというと、一人ひとりの個人を見るのではなく、お客さんたちにグループをつくってもらいました。5人組を見つけてもらい、いっぱい連れてきて集会所でやり取りしようと考えたのです。そうすると1回のミーティングで40人、1週間で400人ぐらいと会えるようになります。それを現場社員と本店社員それぞれ1人ずつで見るとすると、400人のお客さんを2人で見られる。こういうことをしていくことで人件費率を融資額の10%以下にして、結果として金利を大幅に下げることができました。今、スマートフォン(スマホ)だけで融資を完結させる途上国スタートアップが増えていますが、お客さんに実際に会わないと、お金を返さない人の比率は10%くらいに上がります。弊社グループにおいて新型コロナウイルスの感染が拡大する前のデフォルト率は5年間0.5%を上回ることはありませんでした。また、全体の人件費率も6%くらいです。それであれば、結局人が介在してお客さんに会うほうが合理的なのです。常に課題はユニットエコノミクス(顧客1人当たりの収益性)です。これをいかにテクノロジーで改善していくかを考えています。例えば弊社ではキャッシュレスを導入しています。途上国のお礼はぼろぼろで札勘定の機械に通らないこともあります。なので、多くのマイクロファイナンス機関では支店社員が2時間くらいかけて毎日お金を数えています。キャッシュレスにするとこれがなくなります。しかも、盗まれたり襲われたりする心配がなくなり、データも取れるようになることで、生産性が20~30%上がります。こうしたテクノロジーを取り入れることで、フェース・トゥー・フェースでも1人の社員が見られるお客さんの数がどんどん増え、採算がより改善していきます。上場しているマイクロファイナンスの会社の中には、自己資本利益率(ROE)が30%というところも珍しくありません。いろいろな矛盾を解決できるのはテクノロジーだと思います。利便性を高めつつコストを下げるというのは矛盾することですが、適切なテクノロジーは2つの課題を同時に解いてくれます。
青井:テクノロジーがいかに二者択一のようなところを乗り越えて、世の中を、一人ひとりの人生を前に進めていけるかが具体的にわかり、すごく感動しました。若い世代にも聞いていただきたいです。若い人たちはデジタル・ネイティブですが、同時にサステナビリティ・ネイティブな面があります。6割くらいの人が企業はお金儲けだけでなく社会課題の解決にも取り組んでほしいと思っています。私から見た時、この将来世代は楽しみなので応援したいですが、そのためにはどうしたら良いでしょうか。
慎:私は、世の中を変えるためには、参加するすべての人たちが負担を感じない仕組みにしないといけないと思うのです、例えば、社会事業でも働いている人がすごく安い給料で我慢をせざるを得ないとか、ステークホルダーの誰かにしわ寄せがいく仕組みはうまくいきません。目の前にいる数十人、100人の課題は解決するかもしれませんが、数万、数十万、数百万人の課題は、誰かが無理をしている仕組みでは解決できないと思います。想いがあるのはすばらしいですが、お金を稼ぐことに対する罪悪感が大き過ぎるのではないでしょうか。
青井:罪悪感がベースにあるために、お金を稼ぐことにあまり思いいたらないというか、そのことなしに社会課題解決のほうに一直線に進もうとするようなところがあります。
慎:お客さんのニーズを満たしているか、会社が求める収益や目的を達成できるか、技術的に可能かどうか――。この3軸を満たしてこそ事業は成立します。この3つをうまく乗り越えるのが事業をつくる力だと思います。皆これをもっと追い求める必要があります。
青井:そもそも、どうしてマイクロファイナンスの仕事をしようと思ったのですか。
慎:私自身、大学や大学院に行く時にお金には本当に苦労しました。ただ、私はたまたま親が一生懸命お金を集めてくれたり、日本には奨学金があったりして、何とか大学教育を受けられました。その後、金融機関に入ることができて、その時のお金を返せたというよりは、たぶん、親にとっても満足のいく結果を生み出せたのではないかと思います。多くの親御さんにとって、子どもにお金を出す一番の見返りは、お金が返ってくるよりは子どもがしあわせそうにしていることだと思います。自分のことはある程度できるようになったので、世界中でまずはこれをやりたいと思うようになりました。金融サービスだけですべてが変わるとは思わないですが、社会インフラとして機会の平等に重要な要素だと思います。これをまずは自分が生きているうちに世界中で当たり前のものにしていきたいという想いで創業しました。2030年までに50カ国、1億人に金融サービスを届けたいと思っています。
青井:慎さんは、大学に入るためのお金に困ったり、学校の先輩に暴力を振るわれたりしたそうですね。つらいことをいろいろ経験されても前に進んでこられた原動力として、「怒り」の感情も大きかったのではないかと思います。どうやってそれを乗り越えてこられたのですか。
慎:怒りによって始まったものは、誰かを悪者にしてしまいます。これは人権運動でもよく感じます。怒りを持ってパワーを握った人たちが、今度はまた誰かを虐(しいた)げることになってしまいがちです。ですが、そういう抑圧された人、抑圧された経験がある人たちができる最高の復讐は、その人たちが抑圧できる立場になったとしても何もしないことだと思います。力があれば誰かをいじめて良いという世界観を脱するほうが大切です。武器を取ってあいつらを倒すぞという話である限り、実は支配からは逃れられていないのです。そこを逃れられると、また新しく一歩を踏み出せます。例えばネルソン・マンデラは、南アフリカの大統領になった後に白人と黒人を平等に扱いました。あそこで彼が違うことをしていたら、南アフリカはまたひどい状況になったと思います。そういう考えもあって、自分は怒りをあまり感じず楽しく生きられています。それに、嫌いな人のことを覚え続けるのって損じゃないですか。
青井:すばらしいです。慎さんは昔からそういう魂を持っていらっしゃったように思います。当社で聞いた講演会で、慎さんが高校の生徒会長になった時にご自身も被害に遭ったカツアゲやいじめをなくされたという話を聞き、今も心に残っています。というのは、私が子どものころにすごくお世話になった先生が高校の野球部でキャプテンになった時に、先輩後輩のいじめる、いじめられるという関係を廃止した話を聞いていたからです。この人は世界で一番偉い人だとずっと思っていました。そういう人に自分もなりたいし、どうしたらそういうリーダーが育つのかと考えるようになり、ネルソン・マンデラやマハトマ・ガンジーが自分のヒーローになっていきました。最高の復讐という言い方にぞくっとしたのですが、言い換えると輪廻みたいなものからすっと解脱するような感じですか。
慎:そうですね。復讐をはじめとしたさまざまな連鎖から抜け出すことが解脱への道であるとブッダは言っていました。2000年以上前からこれが話されているということは、昔からずっと変わらない人類の課題なのでしょう。それがうまくいっていないので、歴史を見ていると同じようなことばかりくり返されています。けれども、希望になるような事例も時々あります。自分もできることはしていきたいと思っています。
青井:後輩から先輩に立場が変わるといったことは、マイノリティーからマジョリティーになる感じに近い気もします。どんな立場の人もどこか必ずマイノリティーであると思います。ちょっと見方を変えれば自分も実はマイノリティーだと気づくのです。その辺の感覚を持つことが、本当の意味でのインクルージョンのあり方ではないかと思います。例えば、ファイナンシャル・インクルージョン(すべての人への金融サービスの提供)を実践していく時にとても大切なマインドセットになる気がしています。
慎:すごく共感します。背が高いとかお金があるとかいろいろあっても、運動が苦手とか歌が下手とかいう部分があるだけで、その領域に足を突っ込んでみると自分は何者でもないと気づかされる。これこそ、インクルージョンの根っことなる「互酬性」の思想なのだと思います。
* ノーベル平和賞を受賞した社会事業家。グラミン銀行を創設し、貧困層を対象にした無担保小口融資などさまざまな社会事業を手掛ける。
(出典:『日経ESG』8月号)
五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルで8年間にわたりPE(プライベート・エクイティ)投資実務に携わった後、2014年に五常・アンド・カンパニーを共同創業。全社経営、資金調達、投資など全般に従事している。金融機関で働くかたわら、2007年から自身の設立したNPO(非営利組織)であるLiving in Peaceを通じてマイクロファイナンス機関への投資事業を手掛ける。朝鮮大学校法律学科、早稲田大学大学院ファイナンス研究科卒。世界経済フォーラムのGlobal Shapers選出。
株式会社丸井グループ 代表取締役社長 代表執行役員 CEO丸井グループ創業家に生まれ、1986年当社入社、2005年より代表取締役社長に就任。ステークホルダーとの共創を通じ、すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会の実現をめざす。