田中 絵理菜(Erinam)(著)
K-POPビジネスについての本です。
ファンの方というよりもむしろ、K-POPにあまり馴染みのない方におすすめします。
僕自身もK-POPファンではありませんが、一読してすっかり魅了されてしまいました。
K-POPには近未来ビジネスのヒントがいっぱいだったからです。
著者のErinamさんは日本でグラフィックデザイナーとして活躍したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受けて2015年に単身で渡韓。
片言の会話しかできないまま飛び込んだ韓国で、雑誌社のデザイン・編集担当者として働き始め、K-POPムーブメントの真っただ中で5年間を過ごしました。
その間、取材を通じて出会ったキーパーソンへのインタビューをもとに執筆されたのが本書です。
K-POPがなぜ世界を熱くしているのか、その理由を「5つのバリアフリー」を通じて詳しく解説しています。
お金、時間、距離、言語、規制という5つの壁を越えることで、K-POPはグローバルビジネスへと成長しました。
では、K-POPはどうやってこれらの壁を乗り越えたのでしょうか。
その原動力となったのが、ファンダムです。
ファンダムは熱心な愛好者などを表す「ファン」と領地や集団などを表す「ダム」(キングダムのダム?)を合わせた言葉で、おもにポップカルチャーやスポーツなどの熱狂的なファンによってつくられる文化のことを指します。
ファンダム自体はジャニーズや宝塚、声優、2.5次元など、昔からさまざまな分野で存在していて、決してK-POPに限ったものではありませんが、K-POPにおけるファンダムの影響力とスケールは他を超越しています。
アイドルやコンテンツに付随してファンダムがあるというよりも、ファンダムとアイドル、コンテンツの送り手が一体となってK-POPをつくっているのです。
その意味でK-POPビジネスはファンダム・ビジネスであると言っても過言ではありません。
本書にはファンダムの活動が詳しく紹介されていますが、ファンダムの展開する「センイル広告*1」や「ファンサブ*2」、「ホムマ*3」などのさまざまなサポート活動は、どれも奇想天外で、驚くべきものばかりです。
こうした活動はファンのしあわせだけでなく、K-POPビジネスの利益にも貢献しています。
とは言っても、ビジネスの側がファンの愛につけ込んで利用しているわけではありません。
ところで、K-POPはどのようにしてファンダム・ビジネスを実現したのでしょうか。
「顧客をファン化する」という発想や、「消費者のつくるコンテンツ」といった発想は昔からありましたし、ファンダム自体もスポーツやカルチャー領域で以前から存在していました。
つまり、ファンダム・ビジネスの素地となるものは存在していました。
ですが、それが大規模でグローバルなビジネスとして成功するためには、今一つ何かが足りなかったのです。
K-POPはその足りなかった要素が揃ったことで、ファンダム・ビジネスとして開花したように思われます。
そのミッシング・ピースは何だったのか。
それは、
ちなみに、アフターデジタルというと中国がよく引き合いに出されます。
例えば、中国ではスマホ決済が当たり前で、日常生活ではほとんど現金を使う機会がないことなどが知られています。
ですが、韓国のキャッシュレス化は実は世界一なのです。
2016年時点での中国のキャッシュレス決済比率は約60%ですが、韓国は約96%です。
ちなみに日本は約20%です。
キャッシュレス化だけではアフターデジタルを語れないのはもちろんですが、日本と比べて韓国のアフターデジタルがどのくらい進んでいるのかをイメージする際に、中国をはるかに上回る状況を想像してみることはできると思います。
そして、もう一つがガバナンスです。
ここでいうガバナンスは、馬田 隆明氏が『未来を実装する』(本と対話#010)の中で述べているような、広い意味でのガバナンスです。
つまり、インターネットのような技術のイノベーションを実装するための「社会の変え方のイノベーション」のことです。
この点についても本書に詳しく解説されています。
例えば、エンターテイメント・ビジネスの生命線ともいえる著作権について、韓国では、国や企業の運用の仕方は極めて柔軟で戦略的です。
この点は、著作権が手厚く保護され、厳格に運用されている日本と大きく異なります。
著作権法だけでなく、さまざまな規制やルールなどもアフターデジタルの社会状況を踏まえながら、国や企業の戦略に沿うように、見直しを行い、柔軟に運用していこうとする姿勢が見られます。
このようなインターネットの成熟化と、ガバナンスの変革が、見えない形でファンダムを後押ししています。
「ホムマ」や「ファンサブ」などのめざましい活動は、こうした条件が揃うことで初めて可能になっているのです。
K-POPがジャニーズなどに大きな影響を受けてきたことはよく知られていますが、ジャニーズを生んだJ-POPのマーケットが日本国内にとどまっているのに対して、K-POPはグローバルビジネスへと飛躍しています。
この差を生んでいるのは、もちろん韓国と日本の国内マーケットの規模の違いもありますが、それだけでなく、インターネットの成熟とそれにともなうガバナンスの問題が大きいと思われます。
日本がいかにインターネット後進国であり、旧態依然としたガバナンスがデジタルテクノロジーの活用を阻んでいるかについては、コロナ禍において痛いほど思い知らされました。
しかしながら、こうした状況はそれほど長くは続かないと想定されます。
というのも、2024年を境に日本の労働人口に占めるMZ世代以下の比率がそれ以上の世代を上回るからです。
デジタル・ネイティブな将来世代がマジョリティーになることで、インターネットの本質である「個のエンパワーメント」が実現されていきます。
これまでの大企業に代わって、ファンとしての顧客と共創する多様なスモールビジネスが台頭することで、新しい経済が生まれる可能性があります。
こうした可能性を示唆しているのがD2Cですが、D2Cにおける顧客=ファンとの共創をさらに進化させ、その熱量と活動を高めることでスケールをも実現しているのがK-POPです。
その意味でK-POPはD2Cの先を示しているともいえます。
近未来ビジネスとしてのK-POPに学ぶとともに、今後の進化に注目したいと思います。
*1 アイドルや芸能人を応援するために、ファンが出稿する広告のこと。「センイル」とは韓国語で誕生日を意味する。
*2 「fan-subtitled」の略で、ファンが映像に字幕をつけたもの、またその活動のこと。
*3 「ホームページマスター」の略。アイドルや芸能人の写真・動画を撮り、それを自身が運営するファンサイトに掲載する人のこと。