丸井グループでは、今後の経営にとって重要となるさまざまなテーマを考える場として「中期経営推進会議」をほぼ毎月開催しています。
今回は、2021年7月に「三位一体の経営の実践」というテーマで行われた、みさき投資株式会社 代表取締役社長の中神 康議氏の講演の内容をお伝えします。
2021年6月に丸井グループの社外取締役に就任し、同年11月に、取締役会の新たな諮問機関として設置した「戦略検討委員会」の委員長となった中神氏から、経営者・従業員・株主がみなで豊かになるための「三位一体の経営」についてお話しいただきました。
・「みなで豊かになる」ためには、従業員による株式保有が重要
・障壁を築き、長期で超過利潤を生み出すためには、独自の「事業仮説」が重要
・長期投資家を取締役に招く「ボード3.0」によって、戦略立案機能をともに高めていく
「持株会で株を買い続けてきた方が、退職する時に引き出すと、思っていたよりも価値が上がっていた」という話を耳にすると、「会社が変わり、企業価値が上がると、株価が上がって、みなが豊かになれるんだな」と実感します。そのための処方箋を、これまでの経験を通じて私なりに著したものが、経営者・従業員・株主がみなで豊かになる『三位一体の経営』です。
単にただ良い経営をして、株価が上がるだけでは、「みなで豊かになる」ことはできません。社員の皆さんが株を持って初めて、利益が社員に還元されるのです。しかし、日本企業の社員は自社の株を十分に持っていません。
例えば時価総額で世界一位のAppleは、毎年1兆円近くの株式、発行済総数の0.5%から1%近くを毎年社員に配るそうです。 2019年度実績では約8,000億円、一人あたり600万円にものぼります。それによって世界中から才能のある人々を集め、モチベーションを高め、イノベーションを起こしているのです。
更に、従業員によるイノベーションへの貢献の結果株価が上がれば、配られた株式の価値は更に高まります。現在(2021年7月)の株価は2019年度平均の約3倍になっていますので、配られた600万円の株式の価値は単純計算で1,800万円ほどになっているということになります。
「企業が長期で成長すれば、従業員も経済的に報われる」というこの方法は、日本でも見習うべきだと思っています。株式の保有を通じて、世界最高の才能によって革新とパフォーマンスを促進する文化を築き、経営者と株主だけでなく社員も豊かになる。このような「三位一体の経営」を世界で最も実現しているのは、実はGAFAなのではないかと思っています。
ところで、企業が長期で成長するために必要なものは何でしょうか。我々のような長期投資家の視点では、資本コストを超える利益、すなわち「超過利潤」*¹を長期で生み出しその超過利潤を再投資し、複利を循環させていくことだと考えています。
世の中で「事業」と言われるものには2種類あると考えています。一つは「機会事業」といって、その時の市場やニーズをうまくとらえて利益を上げるもの。そしてもう一つは「障壁事業」といって、競争相手を跳ね返すような壁を持った事業のことです。機会事業には参入者が増え、そのうち超過利潤がなくなってしまいます。超過利潤を長期で生み出せるのは、高い障壁を持った事業だけです。
障壁を築くためには、「腰を抜かすような」コストをかけ、リスクをとることが必要だと考えています。その際に重要なのが、「事業仮説(Idiosyncratic Vision)」です。
例えば、丸井グループはもともと家具の販売から始まり、高くて買えない家具を月賦販売することで大きくなりました。創業二代目の青井 忠雄さんは「割賦を使ってでも高い家具を買いたいのは、見栄っ張りな人だ。そういう人が多い東京だったからこそ、うまくいった」と言っています。店舗の立地と事業仮説がぴったりと当てはまっています。
丸井グループの成長を支えたのは、店舗の立地や割賦のノウハウだけではありません。「ブランドのプロデュース能力」も重要な要素です。いわゆる「マンションメーカー」*²と呼ばれるような小さなDCブランドを見出し、都心一等地の丸井の店舗に出店してもらう。そして、田舎から出てきた若者に、このおしゃれなブランドの服を着ていただく。当時、この二つのニーズをつかみ、「プロデュース」することが、丸井グループならではの「事業仮説」だったのではないでしょうか。
そして、若者にクレジットカードを即日発行し、利用実績を見ながらゴールドカードにまでお付き合いを進化させるという、世界でも類を見ないカード戦略もあります。当然ながらこれには大きなリスクがあるので、それを支える組織能力が必要不可欠となります。
こういった、いくつもの「事業仮説」による好循環こそが、丸井グループの強みなんです。丸井は「もっと自分のブランドを成長させたい」「おしゃれになりたい」「ゴールドカードを持ちたい」というような切実なニーズを、正確に打ち抜き続けてきたのではないでしょうか。
ほかにも、「店舗のスクラップ‧アンド‧ビルド」や「フィンテック事業への転換」「百貨店業態からSC形態への転換」など、数多くの施策を打ち出してきた丸井グループですが、このあとはどうすればいいのか?ということについて、社外取締役として一緒に考えていきたいと思っています。
例えば小売セグメントでは、コロナウィルスやデジタル化といった新たな環境下でどうあるべきか。リアルの小売のあり方については、まだ世界の誰も答えを出せていないと思います。重要なのは、生活者にとって切実なニーズはどこにあるのかを考えていくことではないでしょうか。丸井グループでは、アニメやゲームなどの「好き」を応援する売場づくりに取り組んでいますが、そのような濃い「好き」を捉え、それに応えられる濃い「売場」をつくれないでしょうか。店舗の特色も鑑みながら、リアルの売り場を再設計していくことが大きなテーマの一つだと思います。
さらに、小売・フィンテックに並ぶ丸井グループの3つの柱の一つである「未来投資」をうまく働かせることも重要です。投資先との共創が館の集客につながり、カードのLTVにつながる。同時に、そのような共創が投資先の成長も加速させていく。投資先との好循環は、次の時代の丸井グループを牽引する事業仮説になると思います。
私は今年から、社外取締役として丸井グループに参画させていただくことになりました。 最後に、そのきっかけとなった「ボード3.0」というコンセプトについてご紹介させてください。
取締役会のあり方については、世界中で議論され続けています。特に、「執行と監督の分離」が進んだ米国では、監督型の取締役会(これを「ボード2.0」と言います)の抱える「3つの限界」が叫ばれています。それは、社外取締役が持つ①執行に関する情報の限界、②戦略を吟味するためのリソースの限界、そして③意欲(インセンティブ)の限界 です。企業をとりまく環境が目まぐるしく変わる中で、そのような取締役会が執行と協力して長期の経営戦略を打ち出すことの難しさが露呈しています。
その処方箋として欧米のアカデミアや実務家の間で注目されているのが、長期投資家を取締役に招くことで、取締役会の戦略立案機能を再興する「ボード3.0」です。長期投資家から派遣されたメンバーが社外取締役に就任し、CEOだけでなく執行部門とも緊密に連携しながら、戦略策定およびそのレビューを行うというコンセプトです。そのような取締役は、執行部門から得られる豊富な情報を活用でき、ファンドの有する潤沢な分析能力を活用でき、かつ、自身のキャリア上の展望と高い成功報酬を賭けて業務に取り組むことで、従来のボード2.0が持つ「3つの限界」を克服できるのではないか、という考えです。
「ボード3.0」は、丸井グループの掲げる「ステークホルダーとの共創」を目指す取締役会のあり方と共通する部分も多いと思います。これから、取締役会での議論や社員の皆様との対話を通じて、丸井グループが障壁を強固にし「みなで豊かになる」ための、新たな事業仮説づくりに参加させていただくことを楽しみにしています。
*¹ 超過利潤:平均利潤以上に得られる利潤。
*² マンションメーカー:マンションの一室で、少数のメンバーによって運営されているメーカー。
中神氏の著書『三位一体の経営』は、おすすめの書籍を紹介する企画「Book Lounge」でもご紹介しています。詳しくはこちら
みさき投資株式会社 代表取締役社長。
慶応義塾大学経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。大学卒業直後から経営コンサルティング業界に入る。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)、コーポレイトディレクション(CDI)のパートナーとして、20年弱にわたり幅広い業種の経営コンサルティングに取り組む。クライアントとともに優れた戦略を立案・実行することで企業価値が大きく向上し、結果として株価が上昇することを数多く経験。投資先企業の経営者と一緒になって企業価値向上のために汗をかく「働く株主(R)」のコンセプトを考案し、2005年に投資助言会社を設立。2013年にみさき投資を設立し、現職。みさき投資はそのユニークな投資スタイルによって、米国ハーバード‧ビジネス‧スクールの教材にもなっている。
ウォール・ストリート・ジャーナル、フィナンシャル・タイムズ、ブルームバーグ、ロイターほかメディア出演多数。著書に『投資される経営 売買される経営』、共著に『ROE最貧国 日本を変える』『経済学は何をすべきか』(すべて日経BP)がある。独立行政法人経済産業研究所 コンサルティングフェロー、日本取締役協会 独立取締役委員会委員長。
■主な著書
経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営|ダイヤモンド社|2020/11/24