対話・対談
2021.3.18

これからの時代をつくる将来世代との共創について

丸井グループでは、今後の経営にとって重要となるさまざまなテーマを考える場として「中期経営推進会議」をほぼ毎月開催しています。 2020年9月には、「これからの時代をつくる将来世代との共創について」というテーマで、ライフイズテック株式会社の水野 雄介氏にご講演いただきました。

目次

    高校教師をしていた際に「社会や仕事についてもっと生徒に話せるようになりたい!」という想いからベンチャー企業に就職、その後子どもたちの教育に携わる会社「ライフイズテック」を起業をした経歴を持つ水野氏に、会社としてめざしている姿やそのために意識していることについてお話しいただきました。また、当社代表の青井とのトークセッションでは、企業が将来世代との共創をするうえで必要なことについて、意見を交わしました。

     

    子どもたちのLearning Experienceを高めるプログラム

    ライフイズテックでは、中学生・高校生向けにITスキルやプログラミングを教えるスクールを開催しています。オンライン・オフラインの両方ありますが、オフラインのキャンプは夏休みなどに開催します。参加者の約8割が初心者で、生徒6人につき大学生1人がメンターとしてつき、個人のレベルに合わせて教えています。ただスキルを学ぶのであれば動画でも十分ですが、わざわざ何日も時間をいただいているからには、同じ興味を持った仲間との出会いや、「こんな人になりたい」という憧れを持ってもらうなど、「リアルでの価値を大切にしたい」という想いがあります。初開催した2011年の参加者は40人でしたが、規模が少しずつ大きくなり、これまでにリアルでのべ4万6,000人、オンライン教材も含めると約20万人にサービスをご利用いただいています。

    子どもはもともと好奇心旺盛な面がありますが、先生の授業がつまらなければ、子どもたちの「学びたい」という気持ちは湧きにくいですよね。僕たちはこのような、ITでいうところのUI・UXのラーニング版、Learning Experienceを高め、「ワクワクできる学びをつくる」ことをめざし、さまざまな業界からエクスペリエンスの要素を取り入れながら場や教材をつくっています。

    現在のメイン戦略は「MOZER(マザー)」というカリキュラムシステムを使ったデジタル人材の育成プラットフォームです。情報科目専任の先生が少ない中で、中学校の教育指導要領が改訂されたり、高校で「Python(パイソン)」がカリキュラムに組み込まれるなどの需要に応えるため、先生が簡単に教えられるような仕組みづくりをしています。キャンプやスクールでは、中高生でイベントに参加していた子の30%以上が、大学生になると講師として戻ってきていて、将来世代や企業・自治体など、ステークホルダーを巻き込めば巻き込むほど、螺旋型に上昇していくLTV(生涯利益)になっています。こうした形で、中・高・大学生に「STEAM」*¹と呼ばれる領域の教育を推進しています。

    めざすのは「21世紀の教育変革」

    私たちがゴールに掲げている「21世紀の教育変革」を達成するために考えているのが、いわゆる「船中八策」*²です。「IT教育・想像力」「起業家教育・実行力」「個性を伸ばす教育」「グローバルコミュニティ」「オンライン教育(格差の是正)」「先生のプラットフォーム」「あらたな学校」「お金の流動化」という8つの策一つひとつに仕組みをつくろうとしています。

    そのうちの一つとして、21世紀の代表となるような学校をつくりたいと思っています。少子高齢化が進む現代では、教育にかける国家予算は上がらず、子どもにかけられる費用は減っていくばかりです。それを打破するために、企業を巻き込んだ「学校の民営化」を考えています。まず我々がモデル校をつくり、経営と運営を分けて行うのが良いと考えています。丸井グループであれば実践的な小売の知識、ライフイズテックならプログラミングなど、コンテンツは企業ごとに考えられますよね。数年前にオックスフォード大学に行ったのですが、地域と一体となって発展しているのがとても印象的でした。100年続く企業がすごいといわれる中で、オックスフォード大学は800年続いている大学なのですが、それを超えるためには「お金の流動化」について考えなくてはなりません。企業のIPO(株式公開)を考えると、学校の設立はすぐに100億円のリターンが出るような事業ではないので、株主からは理解されづらいと思います。ですが、オックスフォード大学には100億円の価値があると思っていますし、そういったサステナビリティやSDGsなどのGDP以外の軸に賛同してもらえる方に株主になっていただきたいと考えています。

    今後5年間で100万人の子どもたちにSTEAM教育を届け、「世界のライフイズテック」になりたいと考えています。皆さんも「世界のソニー」という言葉を聞いたことがあると思いますが、これはソニー創業者の盛田 昭夫さんが言い始めたことだそうで、その後本当に「世界から認められるソニー」になりました。今はまだ「世界的に有名な教育の企業」がなかなか思い浮かばないと思いますが、今後「世界のライフイズテック」といわれるくらい、大きな志を持ってやっていきたいと思っています。サイバーエージェントの藤田社長にも「君たちは大きな志を持っているけど、やっていることが一歩一歩着実で良い」と言われたことがあり、この言葉をとても大事にしています。

    世界最大の資産運用会社であるブラックロックが、「今後、インパクトを重視しない企業への投資はしない」と言っていたり、アメリカの投資家 マーク・アンドリーセン氏が、ロングタームのインパクトとビジネスが最大化するための新しい証券取引市場をつくろうとしているなど、「ソーシャルIPO」の動きが活発化していますが、僕も利益と同じくらい社会に与えるインパクトが大事なんじゃないかと思っています。

    僕たちは、より良い社会をつくり、次世代に手わたすために働いています。つまり、社会に良い影響を与えなければ仕事をする意味がないということです。だから、CO₂を出して1万円をもらっている会社と、CO₂を削減して1万円もらっている会社が、同じ価値な訳がないんです。IRでうまく関係をつくることも必要ですが、そもそも社会課題解決を応援する株主がたくさんいる社会の仕組みをつくることで、次世代にとって良い社会が築かれるのではないかと思っています。僕たちも社会課題解決をめざす企業なので、「ソーシャルIPO」は取り組みたいことの一つです。

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    「デジタル人材」とは、IT企画力を持つ人のこと

    教育関係の会社に勤めていた2009年に、NHKの大河ドラマで「龍馬伝」が放映されていて、それを見て「日本を変えるってかっこいい。僕も教育を変えたい!」と感じ、27歳で起業を決意しました。現在、事業開発 マネジャーである松井と取締役副社長 COOである小森を集めたのは、「ワンピース経営」をめざしていたからです。船長は行き先を決める人で、決して偉い立場ではない。船長一人では目的地には行けないので、例えば剣豪や航海士やコックのプロフェッショナルがいて、皆で同じ場所をめざして尊敬し合えるチームをつくりたいと思っていました。ワンピースでいう剣豪「ゾロ」として大学同期で勝負強い松井を誘い、航海士の「ナミ」として目的地に連れて行ってくれるような存在の、会社の後輩である小森と一緒に3人でスタートしました。3人とも貯金がなかったので、会社の先輩から資本金として300万円を借りました。

    会社を創業してまず初めに、メキシコで成功したキッザニアを研究して日本に持ち帰ろうと、シリコンバレーのキャンプを見に行き、大きな着想を得ました。ですがこの2週間のシリコンバレー旅行で資本金のうち150万円を使ってしまいました(笑)。そのアイデアをもとに、2011年、震災の年に子どもたち3人とオフィスの一区画で最初のキャンプを開催しました。

    これまで意識してきたことは三つあります。一つは、「世の中にない、おもしろいものをつくりたい」ということです。僕たちのようなベンチャーには人脈もお金もないので、BtoCでサービスを提供するには、注目を集めなくてはなりません。ピーター・ドラッカー氏が「企業の目的は顧客の創造である」と言うように、顧客を創造するために新しいものをつくらなければと思いました。だから教育において、少なくとも日本では誰もやっていない、かつ必要なことに取り組んできました。

    二つ目は、「デジタル人材になる」ということです。丸井グループでも注力している分野だと思いますが、これから起業家(アントレプレナー)になるためには、ITスキルが間違いなく必要になります。ですが、僕たちは「デジタル人材」を「ITとビジネスをつなげる、高度なIT企画力を持つ人材」と定義しているので、全員がプログラミングやエンジニアリングの高度なスキルを持つ必要はないと考えています。「ITとビジネスをつなげる力」をつけるためには、まず「スモールITビジネスの経験」、つまり小さくてもプロダクトをつくる経験が重要です。中高生でもiPhoneのアプリなど自分のプロダクトをつくり、ストアに出し、人に使ってもらって、フィードバックを受けて改善するというプロセスを経験することがとても大事なので、最初はITに少し興味があるくらいの子が、学び始めて半年、1年で、プロダクトを1つリリースすることを目標にしています。リリースしてみたら、独りよがりなものは誰もダウンロードしてくれないので、「もっと良いものをつくりたい」「もっとデザインをきれいにしたい」「もっとこういうターゲットに向けてつくってみたい」と思うんですよね。勉強を始めるのは中高生でも、社会人からでも良いですが、早ければ早い方がたくさん経験を積めます。昔は、ある程度お金がないとアウトプットするのは難しかったですが、今は個人でも世に出すことができます。経験すればするほど、IT企画力が高まるので、最初は自分の趣味とITをかけ合わせたものをつくり、「それを仕事とかけ合わせたらどうなるかな」と考えるようになります。

    そして三つ目が、「将来世代との共創」です。僕らのプログラムで育った子たちが大学生、社会人になって、起業を始めています。将来世代との共創という観点から見ると、これからは市場とアセットとデジタルをかけ合わせてサービスがつくられていくと感じています。それには「将来世代の興味」がポイントです。ある化学メーカーの新社員研修に参加し、自社のアセットを新規事業に生かすアイデアを考えていた際に、宇宙に関する提案をした方がいました。その方はきっととても宇宙が好きな方だと思うんです。このように将来世代との共創では、将来世代が持つ、自分にはない知識や興味をどうビジネスに引き上げてあげられるかが大切です。将来世代は、自分の興味は知っていても、アセットやビジネスのつくり方は全然知らないんです。自社アセットの使い方や、ITとかけ合わせたビジネスモデル化は、皆さんの経験を生かし、反対に私たちも、自分の興味とからめてアイデアを考えることが必要です。僕は教育が好きなので、ディズニーランドに行っても教育に置き換えてしまうのですが、こういった興味をどうビジネスに引き上げるかというところが、将来世代との共創においてすごく大事だと思います。皆さんも新たな発想で新規事業を生み出すには、ぜひ自社のアセット・デジタルだけでなく、自分の興味や感覚を大切にしてください。

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    水野さんと当社代表の青井のトークセッション

    青井:将来世代との共創についてお話をお聞きしていきたいと思います。丸井グループはお客さま、株主・投資家、お取引先さま、地域・社会、社員との共創により価値をつくっていくことを大切にしています。これからは、特に将来世代と未来に向けた価値をつくりたいと思っています。
    日本の企業は、新規事業は自分たちでつくり、内製化してイノベーションを起こすものだという風潮があります。ですが、今はオープンイノベーションという言葉の通り、「必ずしも自社で内製化せずに、ベンチャーのような新しい価値をつくることが得意なところと組んで一緒にやっていけば良い」という流れがありますよね。我々も「共創投資」として、BASEさんなどと共創しています。もちろんベンチャー企業の方も僕から見るとまさに将来世代ですが、もっと若い学生さん、特に大学生の方と共創していきたいと考えています。将来世代との共創に企業が取り組むことについて、どのように思いますか。

    水野:おっしゃる通り、今は働き方改革、副業、オープンイノベーションの追い風もあって、協業して新規事業に取り組みやすい状況にあります。事業の種をつくるためには、多様な方々との共創が重要だと思っています。丸井グループさんのような「将来世代と共創する」というチャレンジは本当に新しいと思いますし、全企業にそうなってほしいです。共創をすることでファンが増えて、その子たちが社員になってくれたり、オープンイノベーションが起こる可能性もある。社会全体と自社とのバランスの中で投資を決断されたことは、すごいと思います。

    青井:先ほどソーシャルIPOのお話がありましたが、インパクトと利益は必ず交わるところがあります。教育は対リターンが高い投資だと思いますが、その代わり長期的な目線で見なければなりません。今の資本市場や投資家は、この長い時間軸に追いつくのが難しいために成り立っていないだけで、時間軸を長く伸ばしていく必要があります。我々は金融専業ではなくて、シナジーを通じた投資なので、先陣を切ってもう少し長い時間軸で考えていきたいと思っています。

    水野:良い事例をつくり、「そういう会社が良いよね」と採用力や事業力につなげることで、真似する企業も増えますよね。投資によって次世代を成長させることができ、それがたくさんの子どもたちに循環するような形でつなげていきたいです。

    青井:自ら実験台になって、まわりの人が真似したくなるようなインパクトをつくる存在になりたいので、ぜひお力を貸してください。デジタル・ネイティブ世代、特にライフイズテックの卒業生の皆さんは趣味を専門に勉強されていて、すごく期待しています。サステナビリティやダイバーシティが当たり前といった、ウェルビーイングの感覚にネイティブな将来世代の方と一緒に取り組むことによって、私たちは学ぶことが多いと思うのですが、我々から皆さんに何かお役に立てることがあるのかが心配です。

    水野:例えば競合が何をしているか、自社が勝てる要素は何なのかというような、自社アセットとデジタルをかけ合わせた経験がある大学生は少ないです。サービスを成功させるために、まずチャレンジが大事だというお話をさせていただきましたが、それをどうやったら達成できるのかについては、共創したい部分だと思います。

    青井:水野さんご自身の経験で言うと、「教育が好きで、中学生・高校生のために生きよう」と決意されて、それには社会経験が必要だったから一度社会に出てみたというお話がありましたが、自分のアイデアと社会性のすり合わせを早い段階で体験するという感じですね。

    水野:そうですね。社会人のビジネス的観点を踏まえずに学生が起業することも、チャレンジングで良いと思いますが、数年働いて社会構造やマネジメントを理解したうえでチャレンジすることで成功の確率を高められるので、学生のはっちゃけた良さや大きい夢との両方を持つことで、良い起業家になると思います。

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    誰も不幸にせず、たくさんの人をしあわせにする起業家を育成したい

    青井:「自分のプロダクトをリリースし、経験を積んでほしい」というお話もありましたが、個人でほとんどお金をかけずに、すぐにプロダクトが出せるというのが、個人でビジネスを始める際のIT・デジタルの大きな強みだと思います。一方で、オフラインやB to Bに踏み出そうとすると、自分の想いからプロダクト・ユーザーまでまっすぐにつながっていた世界と異なり、複雑だと感じるような経験を社会に出る前にしたほうが良いですよね。

    水野:人って、すごく興味のある分野じゃないと伸びないんです。その興味をできるだけ伸ばしてあげて、深く踏み込ませてみると、隠れていた要素や新しい事業モデルをどんどん思いつくようになるんです。このアイデアの種を育てるために、興味を深めながら、それを今の自社アセットや既存のテクノロジーとかけ合わせてもらいます。また、どういう世界観をつくりたいのかがぶれないことも大切です。なんとなくで目標を決めている人もいるので、ビジョンがぶれないように、深い想いをできるだけ早く最大化してあげられるようなファシリテーションは、彼らにとってすごく価値のあることだと思います。

    青井:ライフイズテックのメンターは、ライフイズテックを卒業した大学生ですよね。メンターは倍率が高く、多くの時間をかけてトレーニングしたうえでやっと生徒の前に出られるとお聞きしました。トレーニングでは何を教えているのですか。

    水野:一番大事にしているのは、サービスを受ける側から提供する側への意識変化です。難しいですが、プロとして仕事をするために必要なマインドチェンジです。そのためにはプログラミング以上にマネジメントスキルが重要です。数日間で、生徒全員が成功体験を持ち帰らなければ、その子はもうITが嫌いになってしまいます。そのくらい人生を左右する可能性があるので、その点についてはしっかりと研修を行っています。

    青井:水野さんがこれから取り組みたいことに「起業家育成」とありましたが、子どもたちにどんな人になってほしいかを最後に聞かせていただけますか。

    水野:ウォルト・ディズニーのような人を育てたいと思っています。彼は世界が大恐慌で不幸な時代に、アニメーションという最先端のデジタルにこだわり、誰も不幸にせず、たくさんの人を笑顔にしたんです。イノベーションは不の影響を起こす可能性もありますが、想像力と実行力を持ち、テクノロジーやサイエンスに深く踏み込んで、ミッキーマウスを生み、たくさんの人をしあわせにする。そういう人を育てたいと思っています。

    青井:すばらしいお話、ありがとうございました。

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    *¹STEAM教育:Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に学習する「STEM教育(ステムきょういく)」に、 さらにArts(人文科学・リベラルアーツ)を統合した教育手法。

    *² 船中八策:坂本龍馬が掲げた、8カ条からなる新国家戦略。後に大政奉還、明治政府の五箇条の御誓文となって引き継がれた。

    登壇者プロフィール
    水野 雄介氏
    ライフイズテック(株) 代表取締役CEO

    北海道生まれ。2005年 慶応義塾大学卒業後、同大学院に入学。大学院在学中、2年間開成高校で物理の非常勤講師を務める。
    2007年 大学院修了後、人材コンサルティング会社に勤務。
    2010年 ライフイズテック(株)を設立。

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