対話・対談
2020.11.10

「グレート・リセット」―その先の新しい企業、社会のあり方(後編)

慎 泰俊 五常・アンド・カンパニー株式会社
代表取締役
青井 浩 株式会社丸井グループ
代表取締役社長 代表執行役員 CEO

世界的に拡大する新型コロナウイルス感染症。その影響は、私たちがこれまでに経験したことのない大変革をもたらし、新しい経済秩序に突入することを意味する「グレート・リセット」が顕在化してきました。「グレート・リセット」のその先の企業、社会のあり方とは? ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズにも選出された五常・アンド・カンパニー(株)の慎 泰俊氏と当社代表の青井が語り合います。

目次

    キャッシュレス化は公共インフラ

    慎:今回、コロナ禍によって特別定額給付金が支給されましたが、この申請手続きは、国民ほぼ全員のデジタルリテラシーを向上させるための大チャンスだったと思っています。ところが、私も試してみたのですがオンライン申請はすごく難易度が高くて、スマホやPCでやるには、相当に慣れている人でないと無理だなと思いました。

    青井:台湾では将来世代が現れてデジタルリテラシーを牽引していますよね。それと比較すると、やはり日本は遅れている感が否めません。私は『次世代ガバメント―小さくて大きい政府のつくり方』*1という本にすごく強い印象を受けたのですが、その中で、公共サービスのデジタル化の一つにキャッシュレス化があると指摘しています。日本でも昨年(2019年)、いくつもの「○○ペイ」という決済サービスが話題になりましたよね。でも、キャッシュレスは、たくさんの会社がビジネスとして参加するような性質のものではなく、公共的なインフラであって、行政もかかわりながら進めていかないといけないものだと思います。

    慎:おっしゃる通り、決済は公共インフラなんですよね。経済学では、基本は一つの業界で1社独占がベストで、その時には国営化という形態をとると。民間でやるとすれば2社までが限界。3社なら利益がほぼ出ない商売だといわれています。だから、世界のクレジットカードの決済は結局、VISAとマスターカードしかない。最後の1社になるまで残るという覚悟でやっている企業はいいと思いますが、最後はお金のある人が独占するものなので、ベンチャーには不向きな領域です。

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    将来世代がリードしていくことによって、新しい経済や社会ができていく

    青井:コロナはある意味、私たちにリセットの機会を提供しているのかもしれません。未来は、スタートアップ企業や将来世代がリードしていくことで、新しい経済や社会ができていくと思っています。

    慎:私もこれまで必要だけど起きてこなかった変化が起きることを期待しています。その変化はスタートアップ企業だけで起こせるものではなく、大企業と一緒に取り組んでいくことが大切だと思っています。

    青井:私は、趣味とビジネスを分けて考えるのではなく、夢中になれることが仕事になり、インターネットを通じて世界中のファンに支えられてビジネスが成り立っていく、そんな世界が実現すると、より多くの人たちの自己実現につながるので、それを後押ししていきたいと思っています。日本の大企業は、自分たちで革新していかなければいけないという気持ちが強いので、オープンイノベーションをしても、投資して終わりというように、絵に描いた餅になってしまいがちです。

    慎:確かにオープンイノベーションを実現できている会社は少ないですね。ちなみに、私たちは自社をテクノロジー企業に変革するために、テクノロジー企業に投資して、その企業の経営陣にも面接を手伝ってもらいながらCTO*2の採用活動を行いました。会社が変わるということは結局、中にいる人が変わるということです。現メンバーのネットワークから離れたところにいる人材を見つけるために投資したわけです。

    青井:それはわかりやすい話ですね。当社も4年くらい前からスタートアップ企業への投資を始めたのですが、僕の実感としては、大企業の世界とスタートアップ企業の世界というのは想像以上にパカッと分かれているというか。コミュニティに入っていくのに、すごく時間がかかりました。

    慎:経験してこそわかることが多いですよね。私は途上国のお客さまの家や国内の児童相談所などにも泊まったりして、相手と同じことを経験することを大切にしています。そこから重要な洞察が得られることが多いのです。

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    サイコロ5万円生活で見えてきたもの

    慎:最近、月5万円の生活費で生活してみるとどうなるかという実験を始めました。自分に必要なお金ってどれくらいだろうかと。毎日誰かにサイコロを振ってもらって、1か2が出たら0円、3が出たら1,000円、4が出たら2,000円と使える金額を決めるのです。たぶんこの月5万円は、日本の平均所得の半分の人たちが、自由に使える金額なのではないかと思います。私は経験がもたらす洞察をすごく大切にしているので、お客さまの心境を知るためにも一生懸命にやっています。やってみると、すごく勉強になることが多いです。例えば、病院に足が向かなくなりますね。病院は診察を受けた後でないと、いくら請求されるかわからないじゃないですか。それから、飲み会に行くのも、いくらかかるかわからないから怖くなる。そういった気持ちがよくわかりました。

    青井:実際に、お金がかかるから病院に行かないという人はいますし、若い世代であれば給料日前の飲み会には行けないとか。私も若いころはそうでした。DXが進めば進むほど、テクノロジーの暴走を止める意味でも、慎さんのようにお客さまの体験に対する興味・関心とか、感受性を持つことが非常に大切だと思います。

    慎:シリコンバレーの人が途上国に行って金融サービスを始めるケースは多々ありますが、私が知る限りうまくいったビジネスはほとんどありません。なぜかというと、普通の人たちが普通に考えるようにやるのではなくて、自分が持っているテクノロジーを優先してしまうからだと思います。特に金融というものは、経験が物を言う産業だと思っています。物事の因果関係は、知識がある人なら「これとこれはつながっている」まではわかります。ですが、経験のある人になると、この因果関係がけっこう分厚くて、こっちは因果関係があるけれど薄いということがわかる。それは、現場で経験した人にしか持てない勘みたいなものです。テクノロジーだけを追求してきた人が「理屈で言うと、これがいい」と言ったことに対して、長年現場にいた人は「それは違うよ」と言う。私はそういう関係性をすごく重視していて、私自身はユーザーの普通の感覚を大事にしたいのです。サイコロ5万円生活では、お金を借りる時、奇数が出たらすぐ借りられるのですが、出なかったら10日待ちというルールを設けています。どうしても借りたいという時は、10日で金利10%なら借りられるとしていますが、そうなった時の自分の心境の変化をサービスにちゃんと反映させたいと思ってやっています。また、この生活を始めてみて、自分が応援したいものや、やりたいことを見つめ直し、そこへの出費は惜しまなくなりました。

    青井:お金の使い方は、人それぞれの価値観で変わってきますよね。

    慎:そうですね。これからは、自分に必要なお金はこれくらいで、それを稼ぐためにはこの仕事で十分というような働き方を選択する人が増えるのではないかと思うのです。先ほど青井さんがおっしゃったように、起業してビッグマネーを稼ぐことが目的ではなくて、自分が好きなことをビジネスにして楽しく生きていく、そのほうが健全だと思います。

    青井:経験というものは、因果関係の太さとか細さが見えるようになるということかと思います。全部が直線的にソリューションに向かうデザインシンキングではなくて、体験してみないとわからない。体験はエンパシー、他人と感情を共有するということじゃないですか。エンパシーをもとに経験して培われる知恵といったものが、データとうまく協働できると理想的だと思います。それなしにやってしまうと無味乾燥としていて、一見ロジカルでも何となく気持ちが悪い。

    慎:当社のデザイナーも「デザインの基本はエンパシー」だと言っています。人の気持ちがわからないと、いいデザインはできない。それは会社も同じだと思います。共創経営もそうだと思いますが、エンパシーがあってこそお客さまにより良いサービスをつくることができて、企業も繁栄すると思うのです。エンパシーとは経験と想像力だと思いますが、経験してこそわかることが多い。エンパシーがともなう体験は、その事案が他人事ではなくなるのです。

    青井:想像力も必要だけど、視覚だけでなく匂いとか触覚とか、息づかいとか体温とか、そういうことも含めて経験しないと、身に染みないのかもしれませんね。そこにリアルの意義の一つがあるのかもしれません。

    *1 「Book Lounge 本と対話 #004 次世代ガバメント―小さくて大きい政府のつくり方」

    *2 Chief Technology Officer

    慎 泰俊

    五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役1981年東京都生まれ。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルで8年間にわたりPE(プライベート・エクイティ)投資実務に携わった後、2014年に五常・アンド・カンパニーを共同創業。全社経営、資金調達、投資など全般に従事している。金融機関で働くかたわら、2007年にLiving in Peaceを設立(2017年に理事長退任)し、マイクロファイナンスの調査・支援、国内の社会的養護下の子どもの支援、国内難民支援を行っている。朝鮮大学校法律学科、早稲田大学大学院ファイナンス研究科卒。世界経済フォーラムのYoung Global Leader 2018選出。

    青井 浩

    株式会社丸井グループ 代表取締役社長 代表執行役員 CEO1986年当社入社、2005年4月より代表取締役社長に就任。創業以来の小売・金融一体の独自のビジネスモデルをベースに、ターゲット戦略の見直しや、ハウスカードから汎用カードへの転換、SC・定借化の推進など、さまざまな革新を進める。ステークホルダーとの共創を通じ、すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会の実現をめざす。2019年3月より男女共同参画会議 議員、2020年10月より世界経済フォーラム Global Future Council On Japan メンバー。

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