丸井グループでは、今後の経営にとって重要となるさまざまなテーマを考える場として「中期経営推進会議」をほぼ毎月開催しています。2019年10月には、「金融アクセスを通じて機会の平等を実現する」というテーマで、途上国の人々にマイクロファイナンスを提供する五常・アンド・カンパニー(株) 代表取締役 慎 泰俊(シン・テジュン)氏にご登壇いただきました。
「誰もが自分の宿命を乗り越えることができる世界をつくる」というビジョンを掲げて活動する慎氏から、金融サービスの未来についてお話いただきました。五常・アンド・カンパニーでは、世界中の誰もが使うことのできる金融サービスの提供をめざし、途上国を中心にマイクロファイナンスを拡大しています。お客さまの生活をより豊かにするために、それぞれの国ごとに異なる文化や習慣に合わせて、テクノロジーを駆使しながら課題を解決していきます。
私たちがめざすのは「機会の平等」、つまり、「誰もが自分の宿命を乗り越えられる世界」です。人は生まれた時点で、「あなたは何人に生まれたからこの仕事には就けない」など、その人の宿命を勝手に決めてしまいがちです。でも、誰もが自分の好きなように生きてくことができるはずだと私は信じていますし、そういう社会に私は住みたいと強く思っています。
機会の平等を達成するためには、愛情へのアクセス、情報へのアクセス、金融アクセスが必要ですが、私はいま金融アクセスに取り組んでいます。私たちは「民間セクターの世界銀行をつくり、世界中の人に金融アクセスを届ける」ことをミッションとしています。
2012年にサマーダボス会議に参加した時、元々ただのNGOであった世界経済フォーラムが、50年をかけて民間セクターの国連になったのを自分の目で見ました。時間をかけて一生懸命やれば、自分も国際機関と同じ仕事をする組織をつくれると思いました。
金融アクセスは社会インフラです。金融アクセスがないということは、お金が借りられない、貯められない、保険に入れない、送金できない、ということを意味しています。日本ではほとんどの人が銀行口座を持っていますが、世界では半分ぐらいの人しか持っていません。例えば日本の国民皆保険は本当にすばらしい制度で、皆さんは風邪をひいてもあまり気にせず病院に行けますが、途上国だと保険に入っていない人の方が多いので、体調が悪くてもあまり病院には行けません。そのため、私が働いているミャンマーやカンボジアでは20人に1人、インドでは12人に1人の子どもが5歳の誕生日を迎えることができないのです。
こういった問題を解消するために、私たちはマイクロファイナンスという小口金融サービスを届ける活動をしています。世界のマイクロファイナンス機関が提供しているサービス内容は、マイクロクレジット(融資)、マイクロセービング(預金)、マイクロインシュランス(保険)、マイクロレミッタンス(送金)などです。
この中で商業的に成功したのはマイクロクレジットです。私たちが提供している融資の8割は、ミシンを買う、牛を飼う、工場を建てるといった事業目的に用いられています。
マイクロクレジットの30日延滞は世界平均で約4%、返せなくなる人は2%ぐらいです。融資残高は世界中で20兆円と、この10年間で約10倍になりました。この先10年でさらに10倍になるといわれています。すなわち、マーケットとして極めて大きく、ある程度の利益が出ることが明らかになっている事業です。
マイクロクレジットの成功要因は、経済成長と融資の仕組みの秀逸さです。東南アジアや南アジアなどの途上国の1人当たりGDPはこの20年間で約7倍になり、人口は1.4倍になりました。1.4と7を掛けるとだいたい10。つまり、アジアの経済規模は、この20年間で10倍になっているわけです。こういった経済成長の著しい途上国では、少しお金を使うと儲かる仕事がたくさんあるため、私たちが融資したお客さまのマイクロビジネスのほとんどは1年で元を取ることができます。
例えば、途上国では子豚を5,000円で買うことができます。そして約8カ月育てると2万円で売れます。人件費も低いので、多くの豚を飼えばリターンは200%くらいになります。しっかりと利益が出るので返済が滞ることもありません。
また、マイクロクレジットが成功したもう1つの理由は、返済を対面で行うことにあります。センターミーティングという顧客の集会では数十人が1カ所に集まり、皆がその場で返済を行います。このやり方にはメリットが2つあります。まず、途上国の村では、人々がお互いのことをよく知っています。隣人たちが見ている中で返済できないと、村での評判が悪くなってしまうので、皆が一生懸命働いて返そうとします。次に、センターミーティング会場では一度に集金を行えるので、効率がとても良くなります。この仕組みによりマイクロクレジットは商業的に成功し、世界中に事業者が生まれました。
では、この領域で私がなぜ仕事を始めたのか。それは、約10年前に現地に行って以来、マイクロファイナンスにはまだ多くの課題があると思ってきたからです。例えば、金融サービスを使えない人が多いことや、融資以外の事業がまだ完璧にうまくいっていないこと、そして金利が平均30%と非常に高い、といったことが挙げられます。これらの課題を解決するために、6年前に五常・アンド・カンパニーを創業しました。
私たちは「2030年までに50カ国1億人に金融サービスを届ける」ということを目標に、お金を集めて、世界中に拠点を拡げています。拠点をつくる際の基準は、2030年においても1日あたり5.5ドル未満で暮らす人が100万人以上いると予想されること、経済制裁対象国でないこと、です。そういう国にはマイクロファイナンスのニーズが明確にあります。世界銀行やIMFのデータによると、この基準に当てはまる国は約70カ国あります。規制や紛争などで行けない国が3割あるとすると、事業ができるのは50カ国になります。そして、事業展開国における世帯シェア1割を目標とすると、1億人になります。
私たちは日本の会社なので、まずはアジアにフォーカスし、それからアフリカ・中南米と拠点を拡げていく予定です。現在は、アジア4カ国に計7つの拠点があります。
私たちの仕事の特徴は、各国の約60万人のお客さま一人ひとりの顔を見て仕事をしているということです。従業員にお客さまの写真を見せると、「この人は、ここに住んでいて、こういうファミリーのバックグラウンドがあって、こういう仕事をしていて」ということがすぐにわかります。
また、お客さまの99.1%が女性です。そしてその中の約90%はお母さんたちです。途上国では、お母さんたちがお金を稼ぐことには極めて大きな意味があります。なぜなら、お母さんがお金を稼ぐ家庭では、家計の意思決定が合理的になる可能性が高いからです。途上国では、専業主婦の家庭が多く、お父さんの発言力が強くなりすぎる傾向があります。お母さんもお金を稼ぐようになると家庭での発言権が高まり、家計の方針について夫婦間で健全な議論が行われます。すると、意思決定が良好になりやすいのです。お母さんを中心としたお客さまが60万人いるということは、子どもたちも含め200万人以上の生活の重要な基盤を担わせていただいていることだと考えています。
現在、従業員は4カ国あわせて約3,500人で、取締役には途上国の専門家やグローバル企業の経営の専門家などに入っていただいています。現地の経営者もスター人材です。そういったすばらしい仲間とともに、日々のオペレーションを大切にして、常にお客さまを第一に考えて仕事をしてきました。その結果、同業他社よりも約3倍のスピードで事業規模が拡大しています。
一般的に、このように急拡大すると、不良債権などが増えてしまうものですが、延滞率は現状1.75%、貸倒率は0.5%を上回ったことがありません。これは、理論的にほぼ限界の数字です。なぜなら、途上国にいる私たちのお客さまのお金が返せなくなる理由のほとんどは、天災によるものかお客さまが亡くなってしまうかの2つだからです。また、私たちはとにかく金利を下げたいと思っているので、業界で最も低い水準の金利を提示しながら、ある程度の利益は出る、という体制で事業をしてきました。
なぜマイクロファイナンスの金利は高いのでしょうか。これにはきちんとした理由があります。ちなみに、途上国での金利30%というのは、日本でいうと約6~8の感覚です。マイクロファイナンスでかかるコストは3つあります。まず一つ目は、お金を集める時のコスト。二つ目は、お客さまを見つける時のコスト。そして三つ目は、そのお客さまの情報を精査し、審査する時のコストです。
この中の一つ目、お金を集める時にかかる資本コストがとにかく高いのです。例えばミャンマーでは、預金金利が13%~15%です。ほかにも、スリランカでは、大企業であっても融資で資金を調達すると、日本では金利が1~2%のところ、16~17%かかります。また、マイクロファイナンスの融資は、一つひとつの融資額が小さく、2~3万円から始まります。その融資を始める時は直接その人に会って審査を行うので、とにかく時間がかかり人件費がかさみます。これがマイクロファイナンスの金利が30%になっている理由です。これを何とか改善したいと思い、現在はお客さまの返済履歴のデータを集めることや、それぞれの国でのキャッシュレス化に取り組んでいます。そして今後は、一人ひとりのスコアリングを行い、融資と審査の自動化などに取り組んでいきたいと思っています。
インドでは、すでにキャッシュレスで事業を行っています。農村部では、従業員がデバイスと指紋リーダーだけで集金を行っており、タブレットにお客さま情報を入力し、指紋を読み込むだけですぐに返済が終わります。
日本だとSuicaなどの非接触型決済やQRコード決済が主流ですが、国によってベストな決済手段は異なります。日本をはじめとする先進国は、最初につくられた時のインフラがクレジットカードベースだったので、それがベストになっていると私は思っています。一方、中国であそこまでQRコード決済が流行ったのは、「クレジットカードの端末が高い」、「皆がスマートフォンを持っている」といったことが理由でした。
そして、途上国の私たちのお客さまは、スマートフォン所有率がわずか3割、インターネットとのつながりがない人が約3割、字が読めない人が約2割います。なので、彼らにとってQRコード決済のハードルは高いのです。その代わり、例えばインドでは、生体認証での決済手段が主流になると私は思っています。なぜかというと、インドのマイナンバーには指10本分の指紋と瞳2つの情報が登録されています。そして、インド政府の方針により、この個人カードと銀行口座の紐づけも完了しています。
決済手段は、その時々に用いることができる技術インフラによって変わってきます。その結果として先進諸国は「クレジットカード」、中国だと「スマートフォン」、インドなどの途上国では「体」になるのだと思っています。
では、なぜ途上国のキャッシュレス化は重要なのでしょうか。それは、まず私たちのお客さまの一部は、スマートフォンでの返済を簡単に行えないことが挙げられます。一方で、インドでは文字が読めない人も大切な場面では指紋を押す習慣があるため、指紋認証での決済には抵抗がないのです。
第二に、キャッシュレス化により生産性がものすごく上がるからです。途上国の紙幣はボロボロなので、札勘定の機械を通らないことも多々あり、現地の従業員は現金を数えるだけで数時間をかけています。
第三に、途上国の農村において女性が毎月同じ日にお金を持ち運ぶことは危険がともないます。お客さまの保護といった点からも、キャッシュレス化には極めて意義があると思っています。
また、私たちは顧客のクレジットスコアリングの開発も行っています。その人の収入や返済履歴などをデータ化して審査に活用しています。将来的には、お客さまがこのスコアを就職時の証明書としても使えたら良いなと思っています。私たちのお客さまのほとんどには学歴がないため、彼女らが仕事を探す時に自分が信頼に値する人であるということを証明する手段がほとんどないわけです。お客さまがスコアを証明書として用いることができたら、お客さまの生活はより良くなると思っています。
私たちがとにかくめざしているのは、金融サービスを安くすることなので、金利を14%ぐらいまで下げたいと思っています。それでも高いように感じられるかもしれませんが、途上国における金利14%というのは、日本でいうと1~2%の感覚です。私たちが大切にしている、「貸し過ぎない」「金利は安く」「わかりやすく」という3つの原則を守りながら、目標を達成するために、一生懸命仕事に取り組んでいます。
最後に、私たちの本分は「金融サービスを提供すること」ですが、マイクロファイナンスをやっているだけで、「良いことをしている」と言える時代はもう終わりました。さまざまな国際認証があり、それを取得するようにしています。
また、SDGsについても9項目に取り組んでいます。例えば、インドでは約4割の人たちがトイレを使えません。それにより、その街に流れる水が汚れ、病気が発生しやすくなり子どもの死亡率の高さや、女性差別にもつながっています。そういった問題を解決するために、国際NGO団体などと協力しながらできることを一つひとつ行っています。私たちは、皆が自由に生きていける、より豊かで暮らしやすい社会にするため、誰もが使いやすい金融サービスの提供をめざして今後も取り組んでいきます。
1981年生まれ。朝鮮大学校法律科および早稲田大学ファイナンス研究科卒。モルガンスタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルにおいて8年間にわたりPE投資実務に携わった後、2014年に五常・アンド・カンパニーを共同創業。全社経営、資金調達、投資等の全般に従事。金融機関で働くかたわら、2007にLiving in Peaceを設立(2017年に理事長退任)し、マイクロファイナンスの調査・支援、国内の社会的養護下の子どもの支援、国内難民支援を行っている。おもな著書は『ソーシャルファイナンス革命~世界を変えるお金の集め方』、『ルポ・児童相談所』など。
■おすすめ著書
ソーシャルファイナンス革命~世界を変えるお金の集め方|技術評論社|2012/6/30