対話・対談
2020.7.10

ESGは事業領域を広げる

澤田 道隆 花王株式会社
代表取締役 社長執行役員
青井 浩 株式会社丸井グループ
代表取締役社長 代表執行役員 CEO

ESG経営の推進に向けて、当社代表の青井が各分野の達人にESGの神髄を聞く連載企画が『日経ESG』に掲載されています。
第1回目の達人は、「ESGはコストではなく投資」を本格的に実践する花王(株)代表取締役社長の澤田 道隆氏。2回にわたって紹介する対談の前編では、なぜESGを経営の中心に据えたのかについて、お話をうかがいます。

目次

    業績から企業価値に

    青井:2012年に社長に就任されて、最初は「脱デフレ型成長モデル」や「ガバナンス改革」に取り組まれ、基盤構築を完了されました。そして今、2025年や30年に向けた新しい基盤づくりの要として「ESG」を位置づけられていると理解しています。どうしてそのようにお考えになったのですか。

    澤田:自分が社長になった時に「企業とは何か」「企業の役割は何か」をいろいろ考えたんですね。もちろん、利益を出し、社会の公器として税金を払い、雇用を生み出すことは非常に大切です。一方で、我々は身近な製品をたくさんのお客さまに買っていただいています。「豊かな生活文化の実現」「社会のサステナビリティに貢献する」という企業理念の本質のど真ん中のところを社内に根づかせないといけないと思ったんです。その時に、利益を出してその中から何かをやる社会貢献のような立て付けではなく、社会にいろいろな意味でお役に立つことが、結果として利益ある成長につながるんだというところに持っていきたい。極端に言うと、業績を重視する会社から、企業価値を重視する会社になっていくべきだと考えました。ESGや社会へのお役立ちにいきなり来る前に、まず取り組んだのが資産の最大活用です。これには、人の資産もありますし、会社として歴史的に諸先輩がつくり上げてきた資産、特許を含めた無形資産、もちろん財務的な資産も含めて、いろいろな資産があります。その資産を使い切っていない中で、考えているところに到達するのは無理だと思ったのです。
    まずは会社を成長させるために積極的な投資をしてリターンを得る。脱デフレ型成長モデルというのは、積極投資によって我々が成長することです。ただ、積極投資というと、無理をしかねないですよね。資産の最大化と最大活用のためには、ガバナンスを最大限に利かさないといけないということで、取締役会の立て付けを全部変えたんです。取締役を社内・社外を含めて10人以内に抑えて、議論をどんどんできるような形に変えました。ここまでが第一弾です。これがようやくできつつあるので、第二弾として今、進めているのが企業価値向上に向けた取り組みです。その中心になるのがやはり「ESG」だと考えています。

    延長線上に実は線はない

    青井:目標が業績から企業価値に移った時にESGを中心に取り組んでいこうということになったのですね。私が興味深かったのは、澤田社長が「ESGに取り組んでいくとビジネスの領域を拡大していけるんだ」とおっしゃっていたことです。

    澤田:そうですね。第一弾は自分がイメージしたものに近い方向で何とか進めることができました。資産の最大活用が社員一人ひとりのイメージでもかなりできてきつつあるなと思います。売上・利益の成長という結果よりも、これが一番の大きな成果ですね。そして今度はESGに投資していこうと考えています。ESGに進むと余計なコストがかかり、利益が出ないのではないかとよくいわれますよね。しかし、ESGにだって我々は投資します。回収期間がどれくらいかは別にして、ESGに投資することによって持続的な成長につながるという事例を絶対につくろうと考えています。昨年9月に「花王グループの新たな挑戦」ということで、我々のESGの考え方について決意表明する会を開きました。ESGという視点で取り組むことで、我々の事業の中心である「清潔」「美」「健康」の事業領域が広がり、それが持続的な成長の拡大につながるという絵を示し、ESGはコストではなくて投資なんだとお話ししました。例えば「美」と「健康」を突き詰めると「治療」というような領域に入るんです。化粧品と言っても、薬事申請のレベルを上げていくと医薬部外品なんですね。それで、医薬部外品をさらに進めると、医薬品の世界に入ります。実際に我々の化粧品でいろいろトライしているもののエビデンスを見てみると、結構医薬品レベルの結果が出ています。ただ、我々は今それを医薬品として売っていない。ひょっとしたら、日用品・家庭品・化粧品のメーカーの方向から治療・医療を考えると、違うことができるのではないかというわけです。

    青井:すごくおもしろいですね。ESGで新しい視点から見ることによってビジネスが広がるとか、ESGはコストではなくて究極的に投資なんだとおっしゃる方は結構いらっしゃるんですが、澤田社長のように実際にビジネスになるんだと実感して実践されている方は少ないと思います。どうしてそこにピンと気づかれたのですか。

    澤田:そうですね。事業というのは、ややもすると従来の延長線上で考えがちですよね。ちょっとずつ改善していくと次につながるのではないかと思っている人がいますが、これは大きな間違いです。だいたい行き着く先が見えていて、大きくも小さくもならない。それで、いずれは世の中の変化の波に呑まれて滅びてしまう。延長線上には、実は線がないんですよ。だからどこかで跳ばないといけないんですね。丸井グループも大きく変えなくてはいけないタイミングで青井社長はぐっと変えられましたが、やはり50年、100年とつながっている会社は、一直線に来たわけではなく、必要なタイミングでポンと跳びながら来ているわけですよね。チャレンジをしている。私も先輩からよく言われたのは、「おまえが社長になるのならどこかで跳べ」と。それが、やはり社長として絶対やらないといけないことだと思います。

    額縁の中の企業理念ではなく

    青井:継続して成長されている花王さんがそういうふうにできるというのが、僕は本当にすばらしいと思っています。当社は1回本当に潰れそうになったので、跳ぶしかなかったのです。私が一番教えていただきたいことなのですが、例えば「World's Most Ethical Companies」に14年連続で選定されている日本企業は花王さんだけだとうかがっています。おそらく、花王さんの企業理念が額縁の中ではなくて、実際に日々のビジネス、社員一人ひとりの中に息づいている。私は企業文化と呼びたいのですが、ESGの基盤になる企業文化をどう培われてきたのでしょうか。

    澤田:今年は花王石鹸を発売して130周年という記念の年なんですけれど、実際には長瀬商店がその3年前にスタートしていて、創業という意味では133年目になります。この長きにわたって常に創業者の思いが脈々とつながっています。創業者の長瀬 富郎が次にバトンタッチをする時に、遺書的なものを残していきました。「天祐ハ常ニ道ヲ正シテ待ツベシ」。事業というのはそんなに簡単にはできない。単に一生懸命やっているだけではなく、正道を歩んで行くとチャンスに巡り合うことができるという意味です。これが、我々の企業理念の骨格になっています。もちろん、正道を外すことに近い部分だってゼロではないと思うんです。例えばハラスメントにしてもゼロではないと思いますが、会社が大きくこける前に何とか食い止めてきているということは、迷った時には原点回帰、その原点というのはやはり企業理念だと。それが花王の企業文化を形成しているのではないかなと思います。

    青井:企業理念のど真ん中に創業者の想いがあるんですね。顧客の動きをしっかりと見ることが、企業にとって「正道を歩む」ことの一つだと思います。「消費者起点」は経営者だったら誰もがおっしゃることですが、実際の行動をともなわない企業も多いのではないでしょうか。しかし花王さんの場合には、かなり以前から消費者起点が企業文化、企業の体質として根付いている印象があります。これはどのようにしてでき上がってきたものなのでしょうか。

    澤田:おそらく、花王石鹸の発売がそれを物語っているのではないかなと思います。130年前の当時、海外から来る石鹸は顔を洗えるくらい品質が良かったんですが、国内の石鹸は一応泡が立って汚れは落ちるけれども、顔を洗えるレベルではなかった。ひりひりして痛かったらしいです。庶民が買えるくらいの価格で、海外から来る石鹸を凌駕する品質のものをつくろうということから花王石鹸が誕生したんです。あの当時からたくさんの方々に良いものを使っていただこうという精神がずっと続いています。我々の「行動原則」の中にも「消費者起点」というのがあります。それから「使命」の中にも、消費者・顧客の立場に立った、心をこめた良きモノづくりがあります。ずっとこれを言い続けてやってきました。だけど、結構失敗もしているんですよ、実際は。

    競合視点で思いきり失敗

    澤田:やはり競合との闘いになってくると、どうしても競争に目を奪われるときもあるんですね。例えば、我々は今「メリーズ」というおむつを展開しています。日本だけではなく、中国やロシア、アジアなどでも、良いおむつの代表として存在させてもらっているのは非常にありがたいのですが、2000年くらいに思いっきり失敗したことがあります。国内で言うとP&Gさんとか、ユニ・チャームさんとか、非常にすばらしい会社との競争があって、価格がどんどん下がっていった。それで、他社にない機能を持たせて値段を一番高く設定したら、まったく売れなかった。モノは悪くないんです。けれども、消費者が本当に欲しているニーズではなかった。当時20数%になっていたシェアが、10%くらいにまで下がりました。消費者を横に置いて、他社がやっていることを横目で見ながら、いわゆる企業視点、競合視点でモノづくりをやった時があったんです。そこから立て直して、今のメリーズがあります。我々は昔から消費者視点とずっと言ってきているんですが、たまにあるんですね。これを出すかというのが。とにかく勝たないといけないということで必死ですから、ちょっと冷静さを失っている部分がある。失敗をしてあらためて原点に戻った時に、「やはりここが間違っていたんだ」と振り返らされたことが何回かありました。
    (後編に続く)

    (出典:『日経ESG』5月号)

    澤田 道隆

    花王株式会社 代表取締役 社長執行役員 1955年生まれ、大阪府出身。1981年大阪大学大学院工学研究科修了後、花王に入社。2006年に執行役員研究開発部門副統括、2008年取締役、2012年に代表取締役社長執行役員(現職)に就任。研究所長時代、ベビー用紙おむつ「メリーズ」の再生を指揮。

    青井 浩

    株式会社丸井グループ 代表取締役社長 代表執行役員 CEO 丸井グループ創業家に生まれ、1986年当社入社、2005年より代表取締役社長に就任。ステークホルダーとの共創を通じ、すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会の実現をめざす。