企業価値の向上をめぐる企業と投資家の建設的な対話が求められる中、社外取締役と機関投資家との対話はますます重要になってきています。そこで、株式会社丸井グループの社外取締役3人が2人の長期投資家を迎え、丸井グループのビジネスモデルと、それを担う社員のあり方について語り合いました。
岡島:丸井グループの強さの根源は、革新のDNAと、そういうDNAを持った人たちが革新をつくり上げていく仕組みにあると考えています。当社はこの10年くらいの間に、変化に対応できる人をあの手この手でつくってきました。一番のコアには、青井代表のリーダーシップがあると思いますが、トップダウンでボトムアップを推進する仕組みをつくってきたことも大きいと思っています。
三瓶:おっしゃる通り、丸井グループは革新的な試みをいろいろと行い、その革新や変化の精神が社員に浸透していることは私も感じています。しかし、その革新が将来どんなビジネスモデルになるのかが、投資家にはまだ十分に理解されていないと思います。株価の推移は順調に見えますが、市場からの評価はまだ十分ではありません。
室井:丸井グループのサステナビリティ経営はほぼ完璧で、また非常に誠実な社風なので、とてもリスクが小さい会社です。社外取締役の役割としてモニタリングといわれますが、あまり活躍する場がないのではと当初思ったほどです。三瓶さんがおっしゃった点を解決するには、投資家とのミーティングの資料をもっと工夫して、裏づけとなるデータを提示することが望ましいのでしょうか。
三瓶:データについては最優先事項ではありません。「こういう考え方で、こういう仕組みで、ここに一番気をつけているから大丈夫なのだ」という点が7~8割で大切。その説明を聞いて、「エビデンスは?」と聞くとデータが出てくる。そこに残りの2割があれば、「なるほど」となります。先日、加藤取締役とファイナンシャル・インクルージョンと与信管理に絞った議論をさせていただきました。明確な方向性とあわせて多様なデータを示していただき、その場にいた弊社のファンドマネジャーやアナリストたちが「これはすごいぞ」と納得できたのです。つまり、投資家が「この企業は次の段階はこうなるのだな」と、ビジネスモデルを具体的に思い描けるようにすることが大切です。こういったアナウンスを多くの市場関係者に向けて強く行うことで、市場における期待値は上がっていきます。今はその入口だと感じています。
田口:丸井グループには革新の精神という揺るぎない背骨があり、モードやメソッドにこだわらず、いろいろなことをやっていく変化対応力があります。それが、お客さまのLTV(生涯利益)向上につながっている理由だと思います。投資家の皆さんは、企業から新しいビジネスモデルが出てきた時には、どのように判断するのでしょうか。そのための物差しは何かあるのですか。
三瓶:物差しはないです。新しいビジネスモデルは、これまでにない形態なので、比較する対象がないのです。重要な点は、それが続く要素は何なのかというところです。例えば10年、15年続くのか。そのビジネスモデルが続くと判断できれば「これはおもしろい!」となります。
槙野:私が現在の丸井グループの企業価値を評価する時、バリュエーションのおもなドライバーとしているのは、エポスカードのゴールド会員数の伸び率と、カード1枚当たりの利用金額で、それらをどう高めるかということです。ただ、ゴールド会員はロイヤルティが高い会員ですが、所得は他社の一般会員と同程度です。その会員がリボ払いやキャッシングでどれだけ伸びるのか。会社の計算では、将来首都圏の女性の3分の1がエポスカードを持っている計算になるのですが、それは本当に妥当なのか。その点が私には、まだわかっていないのです。もし株価が伸び悩んでいるとするなら、現状のビジネスモデルの中で評価モデルをつくっていくことの限界が表れているのだと思います。丸井グループには、ファイナンシャル・インクルージョンをはじめ、いろいろなタネはあるのですが、どれがいつ価値になって表れるのかが、まだあまり見えてこないのです。
三瓶:丸井グループの共創経営は皆さんに浸透しているのですが、それを現場で実践しているオペレーティング・カンパニーの方とは、あまり会話がかみ合わないことがあります。
田口:現場にいると現場中心の視点なので、役職が上がったり違う部署に行くなどポジションの変化によって、視点が変わってくるということは当然あります。
室井:私自身を振り返ってみても、セグメント部門長からIR部門に異動した際、中長期の投資家と対話がかみ合うようになるのに1~2年はかかりました。事業をオペレーションするための頭と、それを外から見ている頭とでは、構造がどこか違うのだと思います。
岡島:わかります。私はこれまで、丸井グループ社員約5,000人の半数以上に会っていますが、次世代経営者育成プログラム(共創経営塾:CMA)の参加社員も含め、全体として「良い人」が多いです。真面目で実直な人たちです。「お客さまのために」や「お客さまとともに」という点においては、そのために生まれてきたのではないかと思うような人ばかり。それは長所ですが、一方で私が感じるのは「商いの匂いがしない」ということです。マネタイズの議論が非常に弱いのです。
槙野:「商いの匂いがしない」ことは、良し悪し両面があると思います。丸井さんは「売らない店」を標榜し、顧客のLTVを高めて稼ぐビジネスモデルに転換しようとしていますが、商いの匂いがしないことはむしろ顧客との長期的な関係を築く糸口になるかもしれません。でも社員の一部にはそのモデルを理解して使いこなせる人がいないと、価値を最大化できないと思います。私は丸井さんのLTVという概念に期待しているのですが、例えばLTVを高めるには「将来のキャッシュがこれだけ生まれるから、今は損をしてもビジネスを続けていいのだ」という発想が必要なケースもあり、そうした時に単年度ごとの損益をプラスにするといった真面目さだけでは足りません。お客さんが「別にエポスカードを使いたいわけではないのに、使わざるを得ない」と思うような仕掛けづくりや、そうしたビジネス上のずる賢さを発揮できる社員を育てられるかどうか。そういった社員が、一握りでいいのでCMAのプログラムなどから今後生まれてくるのか、とても期待感があります。
岡島:一番象徴的な事例は、取締役に就任した青木さんです。(株)ムービングにトラック運転手として入社し、(株)丸井グループのアニメ事業部長を経て、49歳で(株)丸井の社長です。こういった事例は、今後広がっていくと思います。
槙野:確かに、数年前までIR担当だった寒竹さんがtsumiki証券(株)のCEOに就任されていますよね。丸井さんの統合レポートは、さまざまな人の成長が継続的に追えるので、それを楽しんでいたりもします。
三瓶:ステークホルダーとのエンゲージメントについて、社員や顧客とのダイアローグは浸透しているように感じますが、株主・投資家はステークホルダーの中でどのようなポジションにありますか。共創経営レポートの中にステークホルダーの輪が重なる絵があり、そこには株主・投資家も入っています。しかし、ほかのステークホルダーとのコミュニケーションが良くできているのに比べて、株主・投資家とは回数の面ではなく、内容としてまだ薄く、足りないのではないかと思っています。
岡島:この会社は相手を巻き込む力が強く、さまざまな分野の有識者をアドバイザーとして選任しています。次は資本市場のアドバイザリーボードがあると良いかもしれないですね。
田口:ぜひ、つくっていただきたいですね。日本はつくられたルールに乗るのは上手いけれど、ルールメイクは下手だといわれていますが、丸井グループが日本発で「共創かつ、サステナブルな経営はこうあるべき」という、新しい物差しを提案できるような気がします。
室井:我々社外取締役は、機関投資家のエージェントです。投資家のお二人が疑問に思うことを、取締役会の場で指摘をするのも我々の仕事です。そういう意味では、我々にとっても機関投資家との対話が非常に重要だと思います。より深いコミュニケーションの機会が必要であるというご指摘はまさにその通りです。丸井グループは課題をいただくと解決するのが速いので、1,000本ノックのようにどんどん課題を打っていただくといいですね。
槙野:丸井グループは社外取締役と執行が非常に近いと思います。一般的な株主からは、「距離が近すぎないか、牽制はどう効かせているのだ」という疑問もあるかもしれません。そういった点にも回答できるよう、良い意味での緊張関係を持ちつつ牽制機能を果たしているストーリーと、内部に入りこんで経営をサポートしているストーリーの両方を知りたいですね。
三瓶:株主・投資家というステークホルダーと、企業とがかみ合っていない部分は、二項対立とまでは言えませんが、まだ共通認識が足りない部分です。そこは企業側からだけでなく私たち投資家側からも、もっと歩み寄って理解を深めていかなければなりません。今回の対談企画は、互いにコミュニケーションを今後さらに深めていくことが大切だという共通認識に、旗印を立てていただく大きなきっかけとなりました。
座談会日:2019年6月20日